日経メディカルのロゴ画像

医師法21条「改正」論に隠された問題とは?

2016/04/07
池田 正行

 「医師ハ死体又ハ四箇月以上ノ死産児ヲ検案シ、異常アリト認ムルトキハ二十四時間以内ニ所轄警察署ニ届出ヘシ」 

 これは明治39年(1906年)に制定された旧医師法施行規則第9条です。現行の医師法第21条(以下21条)の条文は、文語体が口語体に、「異常」が「異状」に、「四箇月以上ノ死産児」が「妊娠四月以上の死産児」に改訂されただけです。

 2月24日、日本医師会(以下日医)は、6月末までに予定されている医療事故調査制度の見直しに合わせて、今年で満110歳を迎える21条の条文も見直すべきだとの見解を公表しました。現行条文で「異状があると認めたときは」あるところを「犯罪と関係ある異状があると認めたときは」と改正し、併せて33条の2(罰則)から21条違反を削除するというものです。

 この改正は「1990 年代ごろから、厚生労働省・警察などによる本条の不適正な解釈運用に起因して発生した医療界を含めた社会的な混乱を鎮静化し正常な状態に戻す方策」であるとのことですが、これはとてもおかしな話です。なぜなら、この110年間、条文は変わっていないからです。条文とは関係なく起こった出来事が、条文「改正」で「鎮静化」するわけがありません。

21条は「改正」の必要なし
 そもそも司法が関与しない制度設計になっている医療事故調査制度の見直しと21条とは何の関係もありません。さらに、以下に述べるように、診療関連死を警察に届出る必要のないことは既に明確になっています。

 第一に、21条の条文を適切に解釈した都立広尾病院届出義務違反事件の最高裁判決(2004年4月13日)により、診療関連の死亡事故が発生したからといって医師が警察署に届出る義務はないことがすでに確定しています(「医師法21条」再論考―無用な警察届出回避のために)。第二に、「医療過誤によって死亡または傷害が発生した場合、またはその疑いがある場合には、施設長は、速やかに所轄警察署に届出を行う」と記載されていた、厚生労働省による「リスクマネージメントマニュアル作成指針」(2000年に当時の国立病院等向けに作成)はすでに失効したことが明らかになっています。第三に、2015年3月には,これも厚生労働省の「死亡診断書記入マニュアル」が改訂され、診療関連死や医療過誤は全て警察への届出が必要であるとの悪しき誤解を招いてきた記述が削除されました(「医師法21条」の誤解、ようやく解消へ)。

 以上からわかるように、21条を「改正」する必要はどこにもありません。それどころか、提言にあるような「改正」は、警察への届出が白日の下にさらしてきた医療事故に関する根本的な問題を全て「なかったことに」してしまうのです。

著者プロフィール

池田正行(高松少年鑑別所 法務技官・矯正医官)●いけだまさゆき氏。1982年東京医科歯科大学卒。国立精神・神経センター神経研究所、英グラスゴー大ウェルカム研究所、PMDA(医薬品医療機器総合機構)などを経て、13年4月より現職。

連載の紹介

池田正行の「氾濫する思考停止のワナ」
神経内科医を表看板としつつも、基礎研究、総合内科医、病理解剖医、PMDA審査員などさまざまな角度から医療に接してきた「マッシー池田」氏。そんな池田氏が、物事の見え方は見る角度で変わることを示していきます。

この記事を読んでいる人におすすめ