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 先日、日本医療機能評価機構の医療政策勉強会で、米国医師働き方について話を聞く機会があった。演者は、ハーバード大学マサチューセッツ総合病院で循環器内科指導医を務める島田悠一氏。この勉強会で同氏は、米国で研修医労働時間規制が敷かれるようになった経緯と、常に規制の見直しが続けられている現状を紹介した。

 島田氏によれば、1984年、長時間勤務に当たっていた研修医の担当患者が死亡した事件をきっかけに、研修医の労働時間規制を巡る議論が高まった。当時の研修医は連続36時間にわたる勤務が認められており、40人程度の患者を担当することもあったという。事件から5年後の1989年には、研修医の労働時間を週平均80時間まで、連続勤務は24時間までに規制する条例がニューヨーク州で成立。そして、事件からほぼ20年がたった2003年になって、ようやく全米でニューヨーク州と同様の規制が実施された。

 その後、様々な試行錯誤を経て、研修医の労働時間に関する規制はさらに細かく規定されていった。今年4月時点での主な規制内容は、(1)週当たりの平均勤務時間は80時間まで(救急科などは60時間まで)、(2)2~3年次の研修医の連続勤務は3時間の引き継ぎを含め27時間まで、(3)1年次の連続勤務は16時間まで、(4)次の勤務まで8時間以上の休憩(ポケベルやPHSをオフにしてよい)を確保、(5)月平均4日は休日(24時間オフ)を確保──というものだった。

 しかし、これだけ厳密な規制を徹底するとなると、担当する患者を他の医師に頻繁に引き継ぐ必要があるし、場合によっては手術の途中で病院を離れざるを得ない事態も生じてくる。そのため労働時間の規制を巡っては、規制が本当に研修医の教育のためになっているのか、また患者の安全性に悪影響を及ぼしていないのかが常に議論になってきた。

 こうした問題意識から最近、労働規制を厳密に守る病院群とやや緩やかに運用する病院群とで治療結果に差異が生じないかを検証するランダム化比較試験が行われた。その結果、後者の群は前者の群に比べ患者の死亡・術後重大合併症率は非劣勢であった一方、手術中に研修医が離脱するケースは有意に減少した。これを受けて今年5月、「1年次研修医の連続勤務は16時間まで」という規制が撤廃されることになったという。

 「こういうテーマでランダム化比較試験をするというのはいかにも米国らしいが、米国にはこのように、一度始めた規制を常に振り返って検証する文化がある。そして現在は、第二段階ともいえる『振り子の揺り戻し』が起こっている状況だ。これと比べて日本の現状は、いわば周回遅れといえる。研修医の勤務時間を制限したり緩めたりという試行錯誤すら始まっていない」と島田氏は講演をしめくくった。

「週80時間」は日本なら過労死基準超え
 島田氏が紹介した米国の状況を我が国の現状に照らすと、1年次研修医の連続勤務を16時間までに制限することは厳し過ぎるといえるかもしれない。だが、それよりも興味深いのは、米国での勤務時間制限のラインが原則として週80時間に、救急科などでは週60時間に置かれていることだ。日本に比べ、医師のワーク・ライフ・バランスの実現度が高いイメージの米国でも、学ぶことが多い研修医の勤務はハードらしい。

 これを日本の基準に当てはめると、どうなるか。我が国の法定労働時間は週40時間であり、週80時間勤務なら時間外労働時間は週40時間、月160時間という計算になる。「過労死ライン」とされる月80時間を大幅に上回る水準だ。労使協定を結べば事実上、上限が撤廃されるとはいえ、本来なら週80時間はもちろん、週60時間も日本の基準ではアウトということになる。

 しかし、それ以上の勤務を行っている医師が実際には少なくない。8月初めに開かれた「医師の働き方改革に関する検討会」に厚生労働省が提出した資料によれば、週60時間以上の勤務をしている病院勤務医の割合は男性で41%、女性でも28%であり、週80時間以上の医師も男性11%、女性7%に達していた。研修医世代の20歳代に限ると、週80時間以上勤務している医師は男性で20%を、女性でも10%を超えていた(図1)。

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