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在宅医療のエアポケット――医療事故増加の現実

2007/11/13

 10月26日の朝日新聞が、在宅医療での医療事故が増えつつあると報じています。記事は、在宅医療が広がる中、以前はあまり在宅で行われなかったような医療行為が必要とされていることが要因で、訪問看護師に求められる医療処置の幅も広がっており、人手不足に悩む現場で安全対策が大きな課題となりそうだと指摘しています。

 20年前に交通事故に遭って頸椎損傷で寝たきりの生活を送る73歳の男性が、訪問看護ステーションから来た看護師が行ったバルーンカテーテル交換時の尿道損傷により出血で入院したケースが示されています。この男性は入院した病院で膀胱瘻の造成手術を受け約10日後に退院したそうですが、退院後は訪問看護を利用せず、必要な度に病院に通ってケアを受けています。「すばやく適切に対応してもらえず、精神面でも肉体面でも苦痛は続く。二度起こさないで」という患者コメントと事故後の通院という事実には、在宅医療への不信感がにじみ出ています。

 全国訪問看護事業協会によると、医療事故などに備えて同会が勧めている訪問看護事業者総合補償制度の加入件数は、年々増えて2006年度は約4300件になりました。損害賠償金を支払った事例は約170件と、こちらも伸びているそうです。記事が指摘するように在宅医療の複雑になり、質的にも高度になれば、このような医療事故の発生が増加することには何の不思議もありません。

 自宅で療養したいという患者さんの思い、それにフットワークよく応える医師や訪問看護師は、これからの時代に欠くことのできない存在で、とりわけ在宅ホスピスのごとく「終の棲家」で自分の人生に終止符を打ちたいという人々にとっては、これらのインフラは熱望されるところです。以前、このブログで「あなたの家にかえろう」という、在宅ホスピスや緩和ケアを活用するために必要な基礎知識をまとめた小冊子をご紹介させていただきましたが(2006.12.5「あなたの家にかえろう」)、このようなモチーフを実現するためにも、在宅医療における医療事故対策は重要だと考えます。

 ところで、厚生労働省の医療政策は、急速な高齢化に伴う医療費の増大を抑えるために、できるだけ入院日数を短縮させ、療養病床を削減する、そしてその受け皿として在宅医療を整備しようというものです。しかし、病院のようにコンパクトで、患者にアクセスしやすい環境でも、一つ何かあれば医療事故が発生する現状です。在宅という医師や看護師のアクセスや目配りが病院のようにリアルタイムでいき届かない環境では、病院よりよほど医療事故が起こりやすいといわざるを得ません。しかも、在宅医療は、このような側面を、家族自らの看護力や介護力で支えないと実質的には維持困難です。

著者プロフィール

竹中郁夫(もなみ法律事務所)●たけなか いくお氏。医師と弁護士双方の視点から、医療訴訟に取り組む。京大法学部、信州大医学部を卒業。1986年に診療所を開設後、97年に札幌市でもなみ法律事務所を開設。

連載の紹介

竹中郁夫の「時流を読む」
医療のリスクマネジメントを考えるには、医療制度などの変化に加え、その背景にある時代の流れを読むことも重要。医師であり弁護士の竹中氏が、医療問題に関する双方向的な意見交換の場としてブログをつづります。

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