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なぜメディアが“けしからん”存在になってしまうのか

2011/07/12

 高校時代、私は医師になるつもりはなく、広告・宣伝の仕事をしたいと思っていました。まず大学で、当時“電子計算機”と呼ばれていたコンピューターを使って歴史上の出来事から人間の心理・行動パターンを分析し、モデル化する。そして広告会社に就職し、大学時代の仕事を広告や宣伝のアウトカム評価に応用する。その結果をフィードバックして心理・行動パターンのモデルをさらに改良する。その後、しかるべき政府機関に移って、広告会社で改良したモデルを世論操作に応用する。そんなことを夢見ていたのです。

 しかし、50代半ばの今の私は、高校時代に志した姿とは大きく異なっています。もっとも、肝心のコンピューターの発達がひどく期待はずれで、世論操作はおろか臨床診断にさえ満足に応用できない体たらくですから、結果的に正しい職業選択だったのかもしれません。それでも、私はインターネット草創期以来、自分の名前を表紙に出したホームページを15年もの間更新し続けてきました。医師であっても、自分とメディア、あるいは一般市民との関係を意識しており、ホームページの持つメディア性は無視できませんでした。

 今や多くの医師にとって、メディアは厚生労働省や政治家と同じく、現場を知らずに誤った言説を垂れ流し、自分の仕事を妨害する“けしからん”存在となっています。ですが、私は、メディアを仮想敵と決めつけてしまうのは損だと思っています。メディアは面白いことをするための道具に過ぎないからです。しかし、私が見ていても、あるいはメディア関係者から話を聴いても、メディアをうまく使っている医師は、片手の指で数えられるほどです。

 かく言う私も、メディアを上手に利用できていると言うつもりは毛頭ありません。何しろ新聞を購読していないだけでなく、今も絶大な影響力を持つメディアであるテレビの受像機さえも持っていないのです。ところが、そんな私にNHKテレビから出演の話が舞い込んできたのが、この2月。かねてから考えていた「メディアを使う」絶好の機会と捉えて、二つ返事で引き受けました。私に出演依頼があったのは、2009年8月からBSで放送されていた「総合診療医ドクターG」。7月28日から毎週木曜午後10時、NHK地上波(総合テレビ)に場所を移して放送される新シリーズの第1回となります。

 病歴だけでどこまで診断が詰めることができるか。その病歴から、診察をどうやって組み立てるか。必要な検査は何か。近年、そのような、臨床推論をテーマとした教育が各地で行われるようになっています。そんな教育場面を広く一般市民に見てもらい、評価してもらう。この番組はそのようなことに使えるのではないかと考えながら、収録に臨みました。「NHKに使われる」のではなく、「NHKを使う」という発想です。

 テレビ局は、ドラマであろうとなかろうと、番組に医師を登場させるときは、必ず何らかの意味で「名医」あるいは「カリスマ」の名札を付けた医師を主役に据えるのが普通です。ですが現場では、その医師が常に名医であることなどありえません。現場では、患者が担当医を教育し、研修医が指導医を助け、看護師が医師に教える。その繰り返しです。そのような現場を知っている医師達が、決まってイケメン俳優が名医を演ずる陳腐なドラマを見せられれば、馬鹿馬鹿しくなってテレビのスイッチを切ってしまいたくなるのは当然でしょう。

 しかし、メディアで働く人々が、おとぎ話のような作品を世の中に出し続けてきた責任の一端は「マスコミはけしからん」としか言えなかった医師達にあるのではないでしょうか。なぜなら、「現実とは違う」と指摘し、是正できるのは、現実を知っている医師をおいて他にいないからです。

著者プロフィール

池田正行(高松少年鑑別所 法務技官・矯正医官)●いけだまさゆき氏。1982年東京医科歯科大学卒。国立精神・神経センター神経研究所、英グラスゴー大ウェルカム研究所、PMDA(医薬品医療機器総合機構)などを経て、13年4月より現職。

連載の紹介

池田正行の「氾濫する思考停止のワナ」
神経内科医を表看板としつつも、基礎研究、総合内科医、病理解剖医、PMDA審査員などさまざまな角度から医療に接してきた「マッシー池田」氏。そんな池田氏が、物事の見え方は見る角度で変わることを示していきます。

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