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“あってはならない妄想”の否認

2011/10/03

 “3.11”から半年以上が過ぎましたが、福島第一原子力発電所の事故について、東京電力や原発規制にかかわる公的機関への攻撃に情熱を燃やす人々は、いまだに後を絶ちません。しかし、その攻撃の成果は一体何なのでしょうか? それとも、情熱を燃焼させることに意味があるのであって、その成果の検証などはどうでもいいことなのでしょうか?

 海外でも未承認の急性放射線障害治療薬を、原発事故に対処する作業員に投与しなくてはならない事態が出来した場合、どのような手続きをすれば、日本に輸入して使用できるのか。大学で臨床開発を旗印として掲げる私のところに、海外のある企業から問い合わせが来たのは3月19日の土曜日でした。ご存じの通り、第一原発が極めて深刻な事態を迎えていたときのことです。

 私は早速各所との接触を試みました。週末にもかかわらず、国内外の規制当局や関連機関の要職の方々から貴重な助言をいただきました。その結果、このような特殊な薬を開発し、使用する際には3つの大きなハードルがあることが分かりました1)

1. 対照を置いた臨床試験ができず、動物モデルにおける有効性と健常人への安全性データのみでヒトに投与しなければならない特殊な医薬品の開発に対して、欧州、日本にはルールがない。唯一、米国食品医薬品局(FDA)のみが、「Animal Rule」と呼ばれるガイダンスを作っている。

2. 研究倫理に基づき、緊急事態下における健康被害者への医薬品投与のデータを効率良く収集する、いわばemergency GCP(臨床試験の実施基準)というべき制度が、全世界的に見ても全く未整備である。

3.急性放射線障害も含めた、CBRN (Chemical、Biological、Radiological & Nuclear) hazardsによる健康被害に対する医薬品開発・規制の国際調和(harmonization)が全く行われていない。

 原発事故の現状を見れば、以上の問題について緊急に解決が必要なのは明らかです。ですが、事故発生から半年以上経った今でも、対処の動きは全く見られません。

 CBRN hazardsはいつ、どこで発生するか分からず、発生した際には複数の国の問題となり得るため、一国だけで開発・規制を考えても意味がありません。一方、今回の原発事故にかかわる問題は、少なくとも現時点では被害が日本に限局しており、当事者ではない日本以外の国は当てにできません。裏を返せば、ここでリーダーシップを発揮するのは日本人を置いて他にありません。

 ではなぜ、日本人の活躍が求められるこのような機会に、東京電力や原発規制当局を非難するばかりで、世界に貢献する行動できないのでしょうか。その背景に、「あってはならない妄想」(最悪シナリオの否認)2)があると私は考えています。

著者プロフィール

池田正行(高松少年鑑別所 法務技官・矯正医官)●いけだまさゆき氏。1982年東京医科歯科大学卒。国立精神・神経センター神経研究所、英グラスゴー大ウェルカム研究所、PMDA(医薬品医療機器総合機構)などを経て、13年4月より現職。

連載の紹介

池田正行の「氾濫する思考停止のワナ」
神経内科医を表看板としつつも、基礎研究、総合内科医、病理解剖医、PMDA審査員などさまざまな角度から医療に接してきた「マッシー池田」氏。そんな池田氏が、物事の見え方は見る角度で変わることを示していきます。

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