日経メディカルのロゴ画像

担当科の仕事が忙しいほどうれしい夜勤
独特の夜勤制度に見るイギリス式合理主義とは

2012/01/13
林 大地

Medway Maritime Hospitalでの夜勤明け。帰宅前に、夜勤担当研修医ならびに夜間宿直当番の上級医用の休憩室/宿直室(on-call room)がある建物の前で撮影しました。殺風景な赤レンガの建物の中には、各科の医師が仮眠を取れる2畳ほどの小さな部屋がいくつも並んでいました。しかし、実際には夜勤中にゆっくり眠る余裕はなく、せいぜい1時間、ベッドで横になるくらい。他科への応援がなければ、3~4時間の睡眠は取れたのですが…。

 前回の結びで「次回は、医師の夜勤制度導入に関連して生じた、イギリスの医師の勤務体系にかかわるもう一つの変化についてご紹介します」と書きましたが、それはいったいどのような変化だったのでしょうか。端的に言えば、夜勤中も日勤中と同じく、「勤務時間内は常に働いていること」を求められるようになったことです。

 確かに、夜勤の前後は日勤から外れていて、休息時間が確保されているのですから、病院の経営サイドとしては当然の主張かもしれません。日勤中に昼寝する医師が職務怠慢と見られるのと同じ考え方というわけです。

耳鼻科の夜勤で重度肺気腫を診察
 私がケント州Medway Maritime Hospitalで耳鼻科の研修をしていたときのことです。前回お話しした通り、この科では研修医については「1週間夜勤制度」(week of nights)が採られていました。ある日の夜勤で、私は午後8時から勤務を開始し、病棟の患者を一通り回診し、鼻血が止まらないので救急受診した患者2人の治療をした後、夜11時頃になって特に仕事がなくなりました。そこで私は夜勤の医師用の仮眠室へ行き、ポケベルで呼ばれるまで眠ることにしました。1週間夜勤を乗り越えるにはできるだけ体力を温存することが必要だったため、夜勤中であっても仕事の合間は極力休もうと思っていました。

 しかし、ベッドに入って眼鏡を外した瞬間、ポケベルが鳴りました。呼び出された番号を見ると、耳鼻科の病棟でも救急外来でもなく、見たことのない内線でした。首をひねりながら電話をかけると、呼び出しをかけたのは夜勤統括マネージャー(上級の看護師)でした。彼女は早口で、今私が忙しいかどうかを尋ねてきました。「今は手が空いている」と答えると、彼女はうれしそうに言いました。

 「それなら、ぜひ、あなたに手伝ってほしいことがあります。大至急、medical assessment unitMAU※注1)に行ってくれますか? 内科の夜勤担当医が不足していて緊急入院患者の診察が滞っているので、手を貸してください」。

 「ええっ? でも、私は耳鼻科の医師ですが…」と言うと、「それは分かっていますが、基本的な診察なら内科だってできるでしょう? あなたは卒後2年目の研修医なのだから」と返されてしまいました。「確かにその通りですね。今すぐ行きます」と答え、大急ぎでMAUに向かいました。

 そこにはすでに、整形外科の夜勤担当医だった友人も来ていました。どうやら、彼も手が空いていたために呼び出されたようです。結局、私は重度の肺気腫の患者を、彼は脳卒中の既往があって誤嚥性肺炎が疑われる患者を診ることになりました。その患者の診察を終え、入院治療の段取りを付け、内科の病棟担当チームへの引き継ぎが終わった後、私はMAUから解放されました。

 このような「科をまたいだ夜勤」は、その後も何度もありました。あるときは救急外来に呼び出されて上腕骨折疑いの患者、またあるときは心房細動で緊急受診した患者の診察を行いました。

 こうした勤務体系は、病院側としては非常に合理的なシステムだなあと感心しました。というのも、夜勤の時間帯は院内にいる医師が日中に比べて圧倒的に少ないことは否めません。運悪く緊急患者の来院が重なってしまうと、少数の救急医あるいは内科医だけでは対応が間に合わなくなってしまうことが多々あります。そんなときに手の空いている他科の医師を動員することで、合理的に人員不足を解消することができるわけです。

※注1 MAUは入院が必要と判断された救急患者を一晩ケアするユニットのことで、初期治療・経過観察を行いながら、入院病棟のベッドが空き、準備できるのを待ちます。

著者プロフィール

林 大地

ボストン大学放射線科リサーチインストラクター

東京都生まれ。慶應義塾高校、慶應義塾大学文学部(中退)を経て、19歳で渡英。現地の高等学校課程修了後、1998年キングス・カレッジ・ロンドン医学部入学。01年基礎医学・放射線科学科学士号取得、04年同医学部卒業。同医学部附属病院にて初期臨床研修修了後、ケント州メドウェイ病院勤務を経て帰国。06年より東京慈恵会医科大学大学院博士課程。07年日本の医師国家試験合格。慈恵医大病院初期研修修了後、同大放射線医学講座リサーチレジデントを経て、09年9月よりボストン大学勤務。関心があるのは、「患者中心の医療」「患者中心の医学教育」。趣味はクラシックギター、野球、クリケット、料理、娘と遊ぶこと。

この記事を読んでいる人におすすめ