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とっても怖~い刺青の話

2012/03/27
日比野誠恵

第5~9胸椎(T)に生じた硬膜外膿瘍のMRI画像

刺青(いれずみ)というと、遠山の金さんの桜吹雪や任侠映画に出てくる面々を私は思い浮かべますが、普通の若い人たちのタトゥーと呼ばれるファッションとしてもよく見られるようになりました。日本では銭湯や温泉の利用を拒まれることもあるという「社会的制約」を課せられるそうですが、医学的な見地からは、刺青は下手をすると死に至るとても怖いものだといえます。

 つい最近、私の同僚が刺青によると思われるとっても怖~い合併症を経験したので ご紹介したいと思います。こんなこともありますから、日本で育ったオジサン救急医の私は、自分の子どもたちに「刺青は入れない方がいいんじゃない?」と言い聞かせております。

刺青を入れて1カ月後、胸椎硬膜外膿瘍から下肢麻痺が残存
 患者は介護士をしている24歳の女性で、1カ月ほど前に左前腕に花の刺青(桜吹雪ではなかったようです)を入れたそうです。その1週間後、ちょっと局部の皮膚感染を起こしたようで(全身症状はなし)、近医で抗菌薬を処方され、回復に向かいました。ところが、それから約2週間たって中背部痛が起こり、「体重の重い患者を持ち上げたので筋肉痛になったのかな?」と思っていたそうです。しかし、なかなか痛みが引かないために救急外来の受診となりました。

 私の同僚の救急医が診察したところ、背部痛レッドフラッグ(重篤な病気の可能性を示唆する所見)は特になさそうだということで、消炎鎮痛薬などを処方して退院してもらいました。ところがその日の晩、おへそから下の感覚がなくなって歩けなくなり、今度は救急車で運ばれて来ました。

 このときは神経学的所見の明らかな異常が見られた背部痛ということで、血液検査や尿検査のみならず緊急MRIも行いました。その結果、第5~9胸椎の硬膜外膿瘍を確認(写真)。脳神経外科にコンサルトして抗菌薬を出し、緊急オペで減圧術と排膿を行うことになりました。残念なことに、この患者には下肢麻痺が残ってしまい、リハビリテーションを続けているようですが、元通りにはならないだろうということです。

ありふれた訴えの中に潜む落とし穴
 若い患者でこのような病態を見ると、アメリカの救急医はすぐに「麻薬の静脈内乱用をしていたのだろうか?」と考えてしまいますが、この方の場合、そのようなことはなかったようでした。われわれ救急医の間では、背部痛/腰部痛というのは非常に頻繁にある主訴であり、そのほとんどが重篤な病態ではなく、かなりの頻度で「ドラッグシーカー」または慢性疼痛症候群だというのが実情です。そのため、興味深い主訴だとはあまり考えられない傾向があります(後述のように、十分な注意を要するということは認識されています)。

 ところが、この症例のように重篤な病態が潜んでいることもあるのです。いわゆる「ぎっくり腰(欧米では「魔女の一撃」とも表現)だろう」といった感じで簡単に済ませると、大きな障害が残ったり、まれに致死的になる可能性も否定できません。硬膜外膿瘍は幸いにも頻度は高くありませんが、敗血症や静脈血栓症につながると致死的になる可能性があります。逆に敗血症から硬膜外膿瘍を合併することもあり、実際に私もそういった患者を診たことがあります。そうしたわけで、こちらの救急医学界の成書や論文では「背部痛/腰部痛は“落とし穴”」というように注意が促されています[1、2]。

著者プロフィール

日比野 誠恵

ミネソタ大学ミネソタ大学病院救急医学部准教授

1986年北里大学医学部卒。横須賀米海軍病院、セントジュウド小児研究病院、ピッツバーグ大学病院、ミネソタ大学病院を経て、1997年より現職。趣味はホッケー、ダンス、旅行など。

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