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最新医療は本当に“最もいいもの”か?

2012/04/20

 全国各地の病院が新人研修医を迎える季節となりました。体力があって老眼ではなく、集中力や記憶力も高い研修医たちですが、卒後30年もたった私のような初老の医師より研修医の方が頼りになるとは、一般には考えてもらえません。

 一方で、多くの一般市民はもちろん、医師を含む医療者でさえ、「医薬品や医療技術は、古いものよりも新しいものの方があらゆる面で必ず優れている」という妄想からなかなか離れることができていないのではないでしょうか。

 現実社会での十分な試練を経ていないという点では、新人研修医も新薬も全く同じです。なのに、なぜ人間の場合には新人が頼りないと思われ、物や技術の場合には古いものの方が蔑まれるのでしょうか。

新薬の有効性は必ずしも既承認薬を上回らない
 「新薬は既承認薬とのhead to headの臨床試験を経て、有効性・安全性の両面で既承認薬よりも明らかに優れていると認められ、承認される」―。処方行動の調査データを見ていると、医師がそんな錯覚にしばしば陥っているように感じます。

 ピボタル試験(第III相試験に代表される、有効性を検証するための主要な試験)のほとんどはプラセボ対照です。プラセボ対照試験でない場合も、同種同効能で既承認の実薬に対する有効性の非劣性(少なくとも劣ってはいない)を検証する試験(以下、非劣性試験)にすぎません。すなわち、既承認の実薬に対して、新薬の有効性の優越性が証明される事例は例外的なのです。

 さらに、検証の対象となるのはあくまで有効性のみ。安全性の優劣については、症例数の限界もあるため、臨床試験では検証できません。この点についても多くの臨床医は誤解しています。

安全性の優劣は分からない臨床試験
 既承認の実薬に対する非劣性試験では、様々な有害事象(原因が当該薬かどうかにかかわらず、好ましくないイベントをこう呼びます)がデータとして収集され、統計解析の対象になります。中には、新薬の方が有害事象の頻度が低いように見える場合もありますが、所詮は後付け解析ですから、交絡因子の影響は決して排除できません。臨床試験はあくまで有効性を検証するためにデザインされたものですから、どんなに新薬の方が安全性に優れているように見えても、臨床試験だけでは本当のところは決して分からないのです。

 つまりほとんどの場合、新薬のリスク・ベネフィットバランスが、既承認薬のそれよりも優れているかどうか、承認前には全く分かりません。さらに市販後も、臨床試験のように厳密にコントロールされた試験が行われない限り、新旧の治療薬の優劣は不明なままに幾星霜が過ぎ去ります。

著者プロフィール

池田正行(高松少年鑑別所 法務技官・矯正医官)●いけだまさゆき氏。1982年東京医科歯科大学卒。国立精神・神経センター神経研究所、英グラスゴー大ウェルカム研究所、PMDA(医薬品医療機器総合機構)などを経て、13年4月より現職。

連載の紹介

池田正行の「氾濫する思考停止のワナ」
神経内科医を表看板としつつも、基礎研究、総合内科医、病理解剖医、PMDA審査員などさまざまな角度から医療に接してきた「マッシー池田」氏。そんな池田氏が、物事の見え方は見る角度で変わることを示していきます。

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