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トラブルを迎え撃つ心構え(その1)
キレやすい患者に想定した最悪のシナリオ

2012/07/27

 私はほぼ毎日、医療機関から寄せられる患者トラブルの相談に乗っているが、そのスタイルは一風変わっているかもしれない。

 まず、私のところに、院長や事務長から相談の電話がかかってくる。その内容を聞いて、私は電話で助言し、必要があれば、これを2~3回繰り返す。法律などの専門知識が必要な場合には、弁護士、社会保険労務士、税理士などと対応を練ることももちろんある。だが、私が相談者と直接会うことはめったにない。これには2つの理由がある。

 1つは、自分たちの組織で起きたトラブルは、自分たちで解決すべき、と私が考えていること。「誰かに解決してもらおう」などという甘い考えを持っていると、たとえそのトラブルは解決したとしても、同じようなトラブルは必ず何度でも起きる。その組織は、一向にトラブルに強くならない。

 もう1つは、私に時間がないこと。実は、トラブル相談は私が勤めている大阪府保険医協会での本来の仕事ではない。ただ、トラブル相談に乗ることは会員の役にも立つだろうという上層部の判断により、担当する業務の妨げにならない範囲で、就業時間中に取り組むことが認められている。トラブル解決は、いわばボランティアで、当然ながらコンサルティング料なども一切取っていない。

 そんな事情もあって、まず電話でトラブルの内容をできるだけ詳しく聞き、その時に思いつくアドバイスを伝え、あとで報告を必ず受ける、という自分なりのスタイルが定着している。

 私は「できそうもないアドバイス」は決してしない。アドバイスする時には、相談者のトラブル対応能力のレベルを推し量り、その人ができそうなことを選んで伝える。ほとんどは、たいていの人であればできることで、「あさってではなく、今、すぐに役立つアドバイス」をするよう心がけている。実は、こういうスタイルを長年とってきたからこそ、トラブル対処に慣れていない人に、より役立つアドバイスを送れるようになったのかもしれない。

 私が関わったケースで、実際に、トラブルを起こしている患者や職員と直接向き合っているのは、相談を寄せてきた院長や職員たちだ。私は黒子に徹して、「ああせい」「こうせい」と後ろからただ助言するだけ。だから、このコラムを読んでいただいている医療関係者の方々も、自信を持って、トラブル解決に臨んでいただきたい。

トラブル解決の3要素は「先見性」「勇気」「現場力」
 最初に、とても大事なことを言っておきたい。トラブル解決のための3要素は、「先見性」「勇気」「現場力」であることを、まず肝に銘じてほしい。

 実はこの3要素は、クラウゼヴィッツの著書『戦争論』の指揮官の心得をベースに、早稲田大学ビジネススクール教授の内田和成さんが、不確実性の今の時代を生き抜くための経営者の資質として挙げているものだ(参考文献『異業種競争戦略』日本経済新聞出版社)。私はこれまで、「先を読む力」「クソ度胸」「場数の多さ」をトラブル解決に必要な資質として挙げてきたが、言わんとするところは全く同じだ。さすがビジネススクールの先生だけあって、「先見性」「勇気」「現場力」と言った方が、言葉としてスマートかもしれない。

 トラブルがなぜ怖いか。それは先の展開が読めないからだ。人は、先の見通しがつかないことに大きな不安と不快さを感じる。「不確実なこと」を本能的に避けようとする傾向があるのかもしれない。だから、トラブルに直面すると、ものすごく嫌な気分になる。嫌な気分になるだけで、観察力や判断力が鈍り、的確な対策を立てられなくなってしまう。そうした時に欠かせないのが「先見性」「勇気」「現場力」の3要素だ。

 不安から逃げずに、まず関係者から事実を収集し、トラブルの原因や背景、相手の心理状態などを冷静に分析して、対策を考える。その際、私は、常に最悪の事態を想定して、手厚い準備をするようにしている。実際には、その準備が無駄になることも多いが、それはそれで、事態が最悪のところまでいかなかったということで良しとすべきだ。

 トラブル時に先を読むというのは、私流の解釈では「最悪の事態を想定して対策をとる」ことだ。次に「クソ度胸」。講演などで「クソ度胸」が重要なのだと力説すると、聴衆の方々は笑うのだが、実践においてこれほど必要なものはない。

 どんなにいい対策を考えても、それを実行できなければ意味がないし、特に相手に悪意がある場合などは、何としてでもそれをはね返す勇気と覚悟が求められる。その勇気は、組織全体で問題に取り組み、職場が一体となって職員を守る体制を整えることで発揮しやすくなる。この点を、経営層の方々はよく認識してほしい。

予想外の出来事に対して2重3重に備える
 重要なので繰り返すが、トラブルが恐ろしいのは、次にどんな展開になるか見えないからだ。相手の心理を完全に読み切ることはできないし、もっと怖いのは、職員に暴力などの危害が及ぶこと。だからこそ、常に最悪のシナリオを考えて、対策を考える姿勢が大事になってくる。安全のマージンを十分取って対策を立てていれば、相手が予想外の反応をしても、あたふたせず冷静に対応することができる。

 安全のマージンとは、平たく言うと、患者との不意のアクシデントや予想外の反応に備えて、2重3重の対策をとることだ。具体的には、警察や警備会社との連携と連絡体制の確保、患者との想定問答の作成、面会時の安全確保、会話の録音など、ケースによって準備する内容は変わってくる。そして、大切なのは、院内の全職員が同じ意識で問題患者と向き合い、応対すること。

 この安全マージンに着目して、私が相談に乗ったトラブルの実例を見てみよう。

著者プロフィール

尾内康彦(大阪府保険医協会事務局参与)●おのうち・やすひこ氏。大阪外国語大学卒。1979年大阪府保険医協会に入局。年400件以上の医療機関トラブルの相談に乗り、「なにわのトラブルバスター」の異名を持つ。著書に『患者トラブルを解決する「技術」』(日経BP)がある。

連載の紹介

なにわのトラブルバスターの「患者トラブル解決術」
病医院を構えている限り、いつどんな患者がやって来るかわかりません。いったん患者トラブルが発生し、解決に手間取ると、対応する職員の疲弊、患者の減少という悪循環を招き、経営の土台が揺らぎかねません。筆者が相談に乗った事例を紹介しながら、患者トラブル解決の「真髄」に迫ります。
著者の最新刊『続・患者トラブルを解決する「技術」』好評販売中

 ますます高度化、複雑化する患者トラブルに、医療機関はどう対峙していけばいいのか。ご好評をいただいた前著『患者トラブルを解決する「技術」』の続編として、解決難易度の高い患者トラブルの対処法を体系的にまとめました。前著が基礎編、本書が応用編の位置づけですが、本書だけでも基本が押さえられるように構成しています。(尾内康彦著、日経BP社、2052円税込)

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