患者の長い話が始まってしまったらどうしよう──。
これこそ、繁盛しているクリニックの開業医であるあなたが、心療を新たに始めるに当たって最も怖れている事態ではないでしょうか? ただでさえ忙しい外来診療の中、「こころの病気を抱えた患者の長い話を傾聴する余裕なんてない」というのが、皆さんの本音であると思います。
患者の終わりのないような長い話につき合っていると、医師自身が難行苦行を行っている気分になり、ひどく消耗するばかりか、本来は楽しいはずの心療が嫌いになってしまいます。
繁盛している開業医の外来では、患者1人当たりにかけられる診察時間は、せいぜい5分から10分ぐらいでしょう。もし、心療の初診患者1人に20分以上の時間を取られてしまったら、外来診療の流れは大きく乱され、破綻します。日本の保険医療制度という、リアルな現実の制約の中で、心療を実践し成果を出すためには、「患者の長い話を聞かない技術」が必要なのです。
そこで今回は、PIPC(Psychiatry In Primary Care)でも重視している、「患者の長い話を聞かない技術」について、じっくりと説明していきます。
■「傾聴神話」からの解放
わたしたち医療者は、そのトレーニング過程で、「患者の話は積極的に傾聴しなければならない」という教育を受けています。その影響で、PIPCが「患者の長い話を聞かない技術」を推奨していることに対して、「いかがなものか」と眉をひそめる方が大勢いらっしゃることを、わたしはよく知っています。
誤解のないように説明すると、「患者の長い話を聞かない技術」とは、話をしようとする患者をさえぎって、「あなたの話は聞きませんよ」と言うことではありません。そんなことをすれば、患者と医師の信頼関係は崩壊し修復不能になりますから。
「患者の長い話を聞かない技術」とは、相手の話を聞いた時間は短いのにもかかわらず、「今日はよく話を聞いてもらえた」と患者が納得し、医師自身にとっても、話を聞いている時間が少しも苦痛にならなくなる技術、という意味なのです。
わたしのクリニックでの豊富な経験や、PIPCセミナー受講者たちによる多数の実践報告から、患者の長い話を聞かなくても、以下のことが達成できるという事実がわかっています。
・長い話を聞かなくても、患者との信頼関係はつくれる
・長い話を聞かなくても、患者の事情はつかめる
・長い話を聞かなくても、患者を癒すことはできる
わたしたちはこれまで、患者の長い話を辛抱強く聞かなければ、相手との信頼関係が築けない、相手の個別の事情が把握できない、相手を癒すことができないと信じてきました。ところが、これらはすべてウソだったのです。話を聞く時間の長さと患者の満足度は、実は比例しません。根拠のない「傾聴神話」から解放されることで、あなたの診療はずっと楽になるのです。
■患者との「つながり」をつくる
次に列記した5項目が、「患者の長い話を聞かない技術」の根幹を成すものです。
1) 患者との「つながり」をつくることが目標
2) 「在り方」は「やり方」よりも重要
3) システムとチームを活用する
4) 一歩踏みこんで話を聞く
5) 長い話が始まったら、すぐに止める
まず最初は、患者との「つながり」をつくることからはじめましょう。一般的な接遇やコミュニケーションなら誰でもできますが、本当の意味での「つながり」をつくるのは、とてもむずかしいものです。
みなさんは診察中に、患者と「つながったな」と感じる瞬間がありますか? わたしは、あります。まるで、なつかしい旧友と再会したときのような、親しみと温かさがまじった空気のなかで、自分のこころと患者のこころがコネクトする。そんな瞬間を、わたしは仕事をしていて、しばしば感じます。
患者・医師関係という枠組みのなかで、お互いに相手のことを尊敬し、信頼し合う良好な人間関係を「つながり」と呼び、それを築くことが当面の目標となります。つながりが生まれれば、1)患者とのトラブルが発生しない、2)治療効果が高まる、3)毎日の仕事が楽しくなる、といった素晴らしいオマケまでついてきます。
つながりをつくるには、後述する「在り方」を高めることが必要ですが、まずは、「つながる」という状態を意識的に捉えて、その状態を目指してください。もし、自分が患者の立場だったら、どのような医師となら「つながる」ことができるかを考えてみてください。