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解決できない患者トラブルなんてありません

2012/07/20

 私のところには、大体月に30~50件、病院や診療所の医師や職員から、トラブルの相談が電話で寄せられる。相談の中身は大きいものから小さいものまで、実にバリエーションに富んでいるが、圧倒的に患者にまつわるトラブルが多い。

 その次に多いのは、職員に関するもめ事で、問題職員を辞めさせたいとか、職員間の派閥やいじめを何とかしたいというもの。ほかにも、病院ファンドによる乗っ取り、詐欺商法からの勧誘、家主からの法外な家賃値上げ・退去要求、欠陥建築・建て替え問題、遺産相続や跡継ぎ問題、土地の境界線や日照権を巡る争い、ネットトラブルなど、挙げ始めたらきりがない。

 患者トラブルの深刻度は年々増している。その最大の理由は、従来の問題患者よりもさらに悪質な患者が増えていることだ。

 医療機関で働く方たちは心優しい人が多い。それはすばらしいことなのだが、ともすると、モンスターペイシェントが相手でも、「暴言を吐くのは、自分に至らないところがあるのではないか」と自身を責めたり、「暴力をふるうのも病気のうち。我慢しなければ」と考えたりする忍耐強い人が少なくない。だが、一見美徳とも思えるようなそうした誤った考え方や風潮が、残念ながら、モンスターペイシェントをのさばらせる一因になっている。

 どんな患者であろうと暴力や暴言を許してはならないし、不当な要求は断固として受け入れてはいけない。ここは絶対に譲ってはならない一線だ。このことを組織全体で意思確認することが、トラブル対策の第一歩となる。

トラブルの7割は患者の誤解から起きる
 最初に少し整理しておきたいのは、なぜ患者トラブルは起きるのかという点だ。

 トラブルの原因は無数にあるのだが、私のところに寄せられる相談のうち、7割くらいは患者の誤解が何らかの形で関連している。最大の誤解は、
・医師にかかれば、病気は必ず治る
・治療や薬は誰に対しても同じ結果をもたらす
 といったたぐいのものだ。

 このように考えている患者は意外に多いが、明らかに誤解だ。医療は日進月歩で進んでいるが、まだ解明されていない部分が多い。個人差もあるため、標準的な治療をしっかり行っていても、回復が思わしくないケースもある。そうした認識は医師の間では常識でも、患者は意外に分かっていない。そのことを前提に、患者に対して丁寧に説明を行っていかないと、あとでトラブルを生むことになる。

 医師は病気を完治させる義務がある、というのも誤解だ。私は弁護士ではないので法律論を振りかざすつもりはないが、弁護士の話によると、患者が受診した時点で、医師と患者の間に診療の「準委任契約」というものが成立する。この準委任契約では、医師は誠実に診療行為を遂行する義務があるが、病気を完治させる義務までは負わないと解釈するのが相当であるそうだ。

 もう1つ、トラブルの原因になりやすい患者側の誤解がある。それは、
・医師は、どのような患者でも診療を拒否できない
 というもの。この点に関して、実は必ずしも誤解と言い切れない部分があり、医療現場は悩んでいる。

 医師は医療行為を独占的に提供することを国から認められている代わりに、応召義務というものを負っている。医師法第19条に規定があり、「正当な事由(理由)」がない限り、診療を拒否できない、とされている。ではここでいう「正当な事由」とは何なのか? これがはっきりしないため、医療現場は混乱に陥っている。

 モンスターペイシェントやハードクレーマーたちは、こうした法律上の盲点を見逃さない。迷惑行為を繰り返し、病医院側が追い払おうとすると、診療拒否するのか、保健所やマスコミに言いふらすぞ、と息巻く。では、どう対応するのか?

 私が基本としている対応は、診療拒否になるぞ、との脅しには一切耳を貸さない。診療を妨げたり、他の患者の迷惑をかけたりする行為は絶対に許さないという姿勢で臨む。具体的な対処法は次回以降に紹介することにしよう。

 いずれにしても、患者側にこういう誤解があることをよく頭に入れておかないと、患者が突っかかってきた場合、冷静に対処できなくなってしまう。

「普通の人」の寛容さも失われている
 患者トラブルの中身は大体3つの層に分かれ、それぞれが広がりを見せている。私はこれを3層でできたピラミッドで構成されていると捉えている。

著者プロフィール

尾内康彦(大阪府保険医協会事務局参与)●おのうち・やすひこ氏。大阪外国語大学卒。1979年大阪府保険医協会に入局。年400件以上の医療機関トラブルの相談に乗り、「なにわのトラブルバスター」の異名を持つ。著書に『患者トラブルを解決する「技術」』(日経BP)がある。

連載の紹介

なにわのトラブルバスターの「患者トラブル解決術」
病医院を構えている限り、いつどんな患者がやって来るかわかりません。いったん患者トラブルが発生し、解決に手間取ると、対応する職員の疲弊、患者の減少という悪循環を招き、経営の土台が揺らぎかねません。筆者が相談に乗った事例を紹介しながら、患者トラブル解決の「真髄」に迫ります。
著者の最新刊『続・患者トラブルを解決する「技術」』好評販売中

 ますます高度化、複雑化する患者トラブルに、医療機関はどう対峙していけばいいのか。ご好評をいただいた前著『患者トラブルを解決する「技術」』の続編として、解決難易度の高い患者トラブルの対処法を体系的にまとめました。前著が基礎編、本書が応用編の位置づけですが、本書だけでも基本が押さえられるように構成しています。(尾内康彦著、日経BP社、2052円税込)

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