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厚労省第三次試案の法的弱点(その2)
医療安全調査委員会は警察の捜査開始と検察の刑事処分を制御できるのか
井上清成(弁護士)

2008/05/09

いのうえ きよなり氏○1981年東大法学部卒業。86年に弁護士登録、89年に井上法律事務所を開設。日本医事新報に「転ばぬ先のツエ知って得する!法律用語の基礎知識」、MMJに「医療の法律処方箋」を連載中。著書に『病院法務セミナー・よくわかる医療訴訟』(毎日コミュニケーションズ)など。

1 従来の警察捜査と検察処分

(1)警察の捜査開始
警察は犯罪らしき情報が入れば捜査を開始する。医療過誤の業務上過失致死罪
(刑法211条1項前段)について、捜査開始の端緒(きっかけ)は、患者遺族の刑事告訴、病院内からの告発、医師法21条の異状死届出が主なものであった。

 とはいっても、捜査開始直後に医師を容疑者扱いで取り調べる訳ではない。まず、カルテ等の医療記録を患者遺族などから入手して検討し、警察の協力医に相談して見解を聞き、時には鑑定意見書などをもらって準備する。

 そうしてから医師を呼んで、任意での取り調べを開始し、自供をとったら、検察に回したり、時には強制捜査(捜索差押、逮捕)に移行した。

 この過程で鍵を握っていたのは、警察の協力医の鑑定意見、そして容疑者の医師の自供の2つである。


(2)検察の刑事処分
検察の主たる役目は捜査ではない。捜査結果を検討して、刑事処分を決めることであった。主な処分には、起訴処分(公判請求と略式罰金請求)と不起訴処分(有罪相当の起訴猶予と無罪相当の嫌疑不十分)がある。

 まず、鑑定と自供により有罪相当か否かを検討しなければならない。自供があっても公判で翻されることがあるので、鑑定が頼りとなる。少なくとも自供がなければ、起訴処分たる略式罰金と不起訴処分たる起訴猶予にはできない。

 最もきわどい決断は、起訴処分たる公判請求にするか、不起訴処分たる嫌疑不十分にするか、の二者択一が迫られる場合である(弁護士の立場からすれば、起訴前弁護の真骨頂である。ただ、水面下での攻防なので、一般には目立たない)。検察にとって究極の拠り所は、鑑定にならざるを得ない。

 次に、有罪相当だとなると、起訴するか否か、起訴するとしても公判か略式罰金かは、法的には検察の裁量である。結果は患者死亡で重大に決まっているので、情状によりけりとなろう。医療行為自体の情状の中心は、過失の程度が重大か否かである。

 患者死亡後の情状の中心は、自供して反省しているか否か、被害補償して示談したか否か、犯罪を隠ぺいしていなかったか否か、初犯かリピーターか、行政処分をはじめとする社会的制裁を受けたか否か、などというものになろう。

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