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医療の責任・患者の責任・国の責任について
上松瀬勝男(特定非営利活動法人医療と法律研究協会理事長)

2008/06/20

 医療過誤訴訟は、医療機関ないしは医療従事者に対する責任追及の場である一方、医療における安全性の確保に資するものであり、さらには医療という本来危険性を伴った行為について、その危険がどこまで許容できるか、そのためにはどのような安全管理が必要か、またそれがなされたか否かについて、裁判所により最終的な判断が下されるものです。それは、医療におけるリスク・マネジメントにひとつの基準を与えるもので、極めて重要な意味を持ちます。

 しかし、このような裁判所の判断の対象となる医療水準や、それに照らして相当といえる医療行為は何であったかについて、我が国の医師、弁護士は十分な情報を持っているでしょうか。答えは否です。

 自動車事故とは対照的に、その事件ごとにいわば手探りで訴訟活動を行っているのが現状です。比較して訴訟の積み重ねは少ないながら、判例に表れた理論に基づいて過失の有無や程度の判断基準、裁判所が採るであろう損害賠償額を示すことができるはずですが、そのような試みはまだされていません。

 それらを可能とする資料の作成をはじめ、さまざまな活動を行うためには、医師や弁護士らが協力した上で組織的に検討する場で必要です。

 ご承知の如く昨今では、医療側と医療受益者側との不信と対立が深まってきています。ジャーナリズム特有の善悪の対立を先鋭化する手法も、この二者間の溝を一層深刻なものにしていく様相を呈しております。

 このまま徒手空拳するなら、医療の荒廃、萎縮を招きかねず、医療側にとっても医療受益者側にとっても不利益な状況とならざるを得ません。このことは、医療界の識者の多くが危惧している事態であり、先日開催いたしました当NPO法人「医療と法律研究協会」主催のシンポジウムにおける発起人(在京の27の医療機関)の方々が一様に指摘されているところでもあります。

 現在、我が国では医療過誤訴訟における法的リスクの高い産婦人科や小児科、麻酔科は医師不足という問題を抱えています。法的リスクの不安から医療側が萎縮医療や消極医療、診療回避してしまう傾向も強くなっています。医師法21条の縛りは医療事故が起こった場合に医療側の対応を非常に困難なものにします。

 また、医療側にリスクヘッジ機能がないため、訴訟となった場合には医療側の過失が立証されない限り経済的な保障を得られません。こういった現状が医療側の法的リスクを高める大きな要因となっています。医療過誤訴訟の医療側の法的リスクは患者側への説明不足や対応の遅れなどの二次被害を生み出し、医療事故の原因究明までの道のりをさらに困難にする問題点も挙げられます。

 そのような問題も考慮したうえで、「医療と法律研究協会」は医療事故が起こった場合にADRあるいは医療弁護士による迅速かつ柔軟な紛争解決を図る新制度を提案しています。

 以下、本文中にありましたNPO法人「医療と法律研究協会」主催のシンポジウムのお知らせです。

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