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対立を超えて・信頼に基づいた医療を再構築するために
医療裁判で真実が明らかになるのか
桑江千鶴子(都立府中病院産婦人科部長)

2008/10/28

くわえ ちずこ氏○1977年信州大医学部卒業。中央鉄道病院(現JR東京総合病院)、都立荒川産院を経て2002年都立府中病院勤務産婦人科部長に着任、現在に至る。専門は婦人科悪性腫瘍。

 医療事故にあった方あるいはその家族が、異口同音に言うこととして「何が起きたのか真実が知りたい」「二度とこのようなことが起きないようにしてもらいたい」ということがある。この思いに対して異論のある人は医療提供者側にも医療受給者側にもいないだろう。

 このことを深く考えるにあたり、今回無罪になったとはいえ、福島県立大野病院事件は実にいろいろなことを提供してくれた。私は、現在産婦人科臨床現場に身を置く医師として以下のように考えている。

 原点は、「どうしたらより良い医療を受けることができるだろうか。」「どうしたらより良い医療を提供することができるだろうか。」というのが医療受給者・提供者の共通の思いであるということだ。

 およそ人間が生きている社会において、病気や怪我は必ずあって、できればそれを治して寿命をまっとうしたいという人間の欲望があり、それを治してあげたいと思う人間がいる限り、医療は存在する。

 しかし、時代や国によってその医療内容は大きく変化している。根源的な問題から考えない限り、医療提供者側と医療受給者側が寄り添うことはできないだろう。本来ならば、共通の敵は病気であり怪我であって、協力して戦うべき同志であるのにもかかわらず、現在の日本では、医者と患者は敵対していがみ合っている。

 日常的にそうではなくても、少なくてもぎすぎすした関係であることは間違いない。このような状況が、双方にとって良かろうはずはない。もう一度原点に戻って、考えてみたいというのが私の提案である。

≪内容≫
(1)現在とは―縦糸と横糸の交わるところ
(2)医療とは何か
(3)産科医療について
(4)「何が起こったのか真実を知りたい」にこたえるために
(5)病院勤務医師の労働環境の改善が急務
(6)最後に・・信頼に基づいた医療を再構築するために

前提と提案
≪本文≫

(1)現在とは―縦糸と横糸の交わるところ

 およそ物事を理解する方法はいろいろあると思うが、縦糸である歴史的視点と横糸である世界的視点は重要である。現在の日本は、その両方の糸が交わったところであると考えれば、置かれた状況が理解しやすい。

 人類の歴史上で、麻酔薬が発見されて、痛みのない状態で手術が受けられるようになったのも、気管内挿管という技術で全身麻酔がかけられるようになったのも比較的最近のことである。このあたりの歴史的事実については、「外科の夜明け」トールワルド著(現在絶版―新刊書としては「外科医の世紀 近代医学のあけぼの」)に詳しい。

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