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「医療再生のための工程表」義解
「医療崩壊」と「医療再生」
小松秀樹(虎の門病院泌尿器科部長)

2008/11/11

こまつ ひでき氏○1974年東大医学部卒業。虎の門病院泌尿器科部長。著書に『医療崩壊「立ち去り型サボタージュ」とは何か』『医療の限界』がある。

 ※初出:月刊「保険診療」2008年10月号

 医療の崩壊が続いている。2008年9月時点では、医療再生のための有効な対策は実行されていない。今後も医療崩壊は進むと予想する。

 医療問題解決のための施策は、現実と乖離した規範の実現を目的とすべきでない。人間の特性と現実を踏まえて、実行可能性と結果の有用性を基準に制度設計しなければならない。本稿では、医療再生のための具体策の全体像を俯瞰したい。11項目よりなる「医療再生のための工程表」(図表:文末参照)を作成した。各項目について、簡単に解説する。

1 安全対策

 1999年の『人は誰でも間違える』(アメリカ医療の質委員会/医学研究所)の出版は、世界的なパラダイムシフトをもたらした。新しい考え方は学習改善型であり、「人間は間違いを犯しやすい性質を持っており、その性質を変えることはできない。間違いが起こることを前提に、間違いを起こせない、あるいは、間違いがあってもどこかで修正できるようにシステムを構築する。そのためには、広く事故情報を収集して過去の失敗に学ぶ必要がある」と考える。

 世界保健機関(WHO)は、医療安全向上のためには新しい考え方が有効だと判断している。医療全般を従来の過失責任追及で取り締まると弊害がでる。2005年のWHOの事故報告制度ガイドラインでは、報告と処分が連動されないこと、患者・報告者・病院の個別情報が明らかにされないこと、医療が置かれた環境や背後にあるシステムの問題を熟知した専門家が分析を担当すること、個人の能力よりもシステム・プロセス・最終結果をどのように変えられるかに焦点を当てること、用語の標準化、医療安全を阻害する要因の分類の統一――などが求められている。

 日本で2004年に開始された医療事故情報収集等事業は、WHOの考え方と一致している。事故情報は、日本医療機能評価機構に置かれている医療事故防止事業部に集められ、匿名化されたうえで分析されている。情報が不十分な場合には追加調査が行われることもある。報告書が3カ月に一度出されて、医療安全情報も1カ月に一度のペースで医療機関に周知されている。匿名化が、感情を遠ざけ、対策の科学的検討を可能にしている。

 今後、医療事故のカテゴリーごとの重要性の評価、対策の優先順位、日常業務全体のなかでの対策の実現可能性の研究が必要である。

 厚労省から、医療事故調査制度に関して第二次、第三次試案が提案された。厚労省案は、広く報告を義務付けて、行政主導で調査と処分を行おうとするものである。中世ヨーロッパでは、権力者が恣意的に処罰を下していた(罪刑専断主義)。市民革命によって、現在のような刑法体系が成立した。罪刑法定主義を掲げる近代刑法は権力の歯止めとなっている。刑事訴訟法も司法当局の暴走を抑制する。

 厚労省案はこのような歯止めの規定をもたない。歯止めのための規定なしに、膨大な数の医療従事者が処分を前提とした取調べを受けることになる。安全と責任追及をリンクさせると、安全のための報告書が鑑定書として使われる。将来の安全のための改善点の記載が、過失の証拠になりかねない。医療安全のための有用な情報が集まりにくくなり、あらゆる局面で対立が高まる。厚労省案による医療事故調は、医療の安全と、医療サービスの継続的提供の脅威になる。

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