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産科医療への誤解を解く
日本の赤ちゃんたちは人為的な操作と誘導で生まされているのか?
衣笠万里(兵庫県・尼崎医療生協病院)

2009/02/02

きぬがさ まさと氏○1984年神戸大医学部卒業。兵庫県立成人病センター(現・がんセンター)、兵庫県立柏原病院を経て現在尼崎医療生協病院産婦人科部長。

 ここ数年、産科医不足の話題が再三、マスメディアでも取り上げられるようになってきた。その原因として多くの医師が指摘するものは、まず非人間的とも言える昼夜を分かたぬ長時間の勤務あるいは拘束と、医事紛争の多さである。

 筆者自身、1ヶ月に300時間以上の病院勤務(当直を含む)に入っており、また不本意ながら医事紛争にも関わってきたので、その二つについて異論はない。

 もちろん医事紛争については医療者側に問題がある場合も少なくないだろう。「医師が患者にきちんと真実を説明して標準的な医療をおこなっておれば、結果責任を問われることはない」、ある市民運動家はこう明言した。

 しかし私の経験ではそんなに生易しいものではなかった。「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」といわれるが、不幸な転帰に至った症例を後方視的に詳細に分析すれば、直接の因果関係があるか否かは別にして診療の過程で一つや二つは何らかの瑕疵が見つかるものである。それを個人の過失として厳しく糾弾されることによって医師は疲弊していく。

 今回は上記の二つ以外にもう一つ産科医のモチベーションを下げているものについて言及したい。それは日本の産科医療に対する評価の低さ、あるいは誤解に基づく偏見である。

 国民は日本の産科医療に対してどのようなイメージを抱いているのだろうか?それは言うまでもなくマスコミ報道によって大きく左右されている。たとえば医師主導のお産はやたらと人工的な介入が多く、医学的には不必要な陣痛促進剤を用いて平日の昼間に出産を終えるように仕向けている。そのために医療事故が後を絶たない。

 また重症例を「たらい回し」して恥じるところがない。一方で助産所は女性が本来持っている「生む力」を最大限に引き出す、安心で満足度の高いお産を提供している、等々。

 そのすべてが間違っているとまでは言えないが、搬送を受け入れられない実情や助産所分娩でのリスクなど、多くの点で十分に理解されていないことも確かである。たとえば出生時間のコントロールについて触れてみよう。

 厚生労働省がまとめた国内の出生に関する統計資料によると、平日午後1-3時の出生数が抜きん出て多く、単位時間当たりの出生数が夜間帯の2倍以上になっている(文献1)。

 一方で助産所や自宅での出生数は各時間帯でほぼ均等に分布しており、むしろ午前中にやや多い傾向であった(文献2)。この事実から、ある市民団体は「日本の赤ちゃんたちは産科医の都合で人為的な操作と誘導によって生まされている。つまり陣痛促進剤によって無理やり日中に産まされている」という推論を繰り返し展開している(文献3)。

 出生時間の偏りに関する彼らの解釈は国内に広く普及しており、国会の厚生労働委員会では自民党・民主党・社民党の議員がそれぞれこのデータを引用の上、「あまりにも不自然な実態」として問題視している(文献4・5)。ちなみにこの社民党議員は小児科医師でもある。

 はたして彼らの言う通り、日本の赤ちゃんたちは人為的な操作と誘導で生まされているのだろうか?まず2005年の調査では日本国内で全分娩の17%程度が帝王切開術(帝切)によっているが、これは欧米と比べて決して高率ではない(米国では30%近く、他の英語圏諸国でも概ね20%以上である)。

 その中でも予定帝切は平日午後に実施される場合が多い。また医学的に正当な理由のある陣痛誘発・促進も当然存在し、その多くはマンパワーの豊富な平日の日中に実施されている。

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