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医師ワーキングプア時代の可能性―ある生物学者の人生論から考える

2009/02/17

 異端の生物学者池田清彦先生の『だましだまし人生を生きよう』(新潮文庫)は、1997年に『生物学者』という題で「仕事―発見シリーズ」(実業之日本社)という中学生・高校生向きの叢書の一冊として刊行された本の文庫版です。

 オリジナルは、「若い人びとが、自らの人生を選び取っていくための、何らかの手助けになることを願って、このシリーズを送ります」と書かれた叢書の一冊です。文庫本のあとがきで著者ご自身が、「発行から10年以上経った今読み返してみると、よくもまあ還暦過ぎまで、事故死もせず馘首もされずに生き延びてきたものだと思う」と述懐されるほど、過激で、しかも不思議と常識家でもある変わった学者の自叙伝ともいえます。

 池田清彦氏は、1947年に東京の下町に生まれ、少年時代から昆虫採集に夢中になります。養老孟司氏が焼け跡世代の虫屋さんなら、池田氏は団塊の世代の虫屋さんです。ちなみに両氏は、虫屋仲間として非常に仲良しでいらっしゃいます。

 東京教育大学理学部の学生のころは、虫採りに夢中になる一方、時代の空気に乗って友達と学生運動にもかかわります。自学の大学院とはそりが合わず、東京都立大学の大学院に進みます。

 後輩の女子学生に恋をして、ドラマチックな学生結婚に至りますが、赤貧の新婚生活が始まります。奥様が製薬会社の研究員として働きながら生活を支えますが、子供が生まれれば夫婦共々大変です。池田氏は、研究者になれなかったら2、3年勉強して司法試験にチャレンジして弁護士にでもなろうと考えていたとおっしゃっています。

 それでもこの苦節を、奨学資金と定時制高校の非常勤講師の職で何とかしのぎ、高校教諭から山梨大学専任講師へと研究者の道を歩みます。この中で氏は、構造主義生物学に出会い、その後、生物学だけでなく、構造主義の立場からも多分野にわたって評論活動を行っておられます。

 私は、池田本に関してはこの本のほか、『他人と深く関わらずに生きるには』『正しく生きるとはどういうことか』『新しい生物学の教科書』『環境問題のウソ』など数冊を読んでいます。構造主義生物学というちょっと変わった領域の学者というだけでなく、偏屈で人嫌い風でありながら、非常に人間的でユーモアに富んだ個性が池田節を紡ぎ出していることを強く感じます。

 現在、氏は早稲田大学国際教養学部教授を務めておられますが、生物学者としての地位の確立を目標にしているという感じではありません。もともとの虫好きが高じて学問の世界に入り、その中で構造主義生物学に邂逅し、後進に「だましだまし生きよう」と人生論を語る境地にたどりつかれたようです。

著者プロフィール

竹中郁夫(もなみ法律事務所)●たけなか いくお氏。医師と弁護士双方の視点から、医療訴訟に取り組む。京大法学部、信州大医学部を卒業。1986年に診療所を開設後、97年に札幌市でもなみ法律事務所を開設。

連載の紹介

竹中郁夫の「時流を読む」
医療のリスクマネジメントを考えるには、医療制度などの変化に加え、その背景にある時代の流れを読むことも重要。医師であり弁護士の竹中氏が、医療問題に関する双方向的な意見交換の場としてブログをつづります。

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