日経メディカルのロゴ画像

続・産科医療補償制度
産科補償は医師の行政処分につながるのか
井上清成(弁護士)

2009/02/26

いのうえ きよなり氏○1981年東大法学部卒業。86年に弁護士登録、89年に井上法律事務所を開設。日本医事新報に「転ばぬ先のツエ知って得する!法律用語の基礎知識」、MMJに「医療の法律処方箋」を連載中。著書に『病院法務セミナー・よくわかる医療訴訟』(毎日コミュニケーションズ)など。

 今回の記事は『MMJ』2008年11月号「医療の法律処方箋・第20回・続・産科医療補償制度」を転載させていただきました。

1 訴訟誘発の恐れ以外の不安

 前号に引き続き、産科医療補償制度の不安な点を述べたい。前号では、訴訟その他の医療紛争を誘発する恐れがぬぐえないことを考えてみた。それ以外の大きな法的問題としては、産科無過失補償制度での補償金支払いをきっかけとして、行政処分の発動される恐れが強くなったことが挙げられる。しかし、産科無過失補償の導入を契機に、行政処分の拡大強化が図られるというのでは、本末転倒といわざるをえない。

2 2つのパブコメ募集

 2008年9月29日、厚生労働省は、産科医療補償制度に関連して、2つのパブリックコメントの募集を公示した。1つは、産科医療補償に加入していることを広告できるようにするための医療法関連の告示の改正である。

 そして、もう1つは、医療法施行規則の改正であるが、「医療の実績、結果等に関する事項」として産科医療補償制度に基づく「補償の有無」を、都道府県知事に届け出ることを義務づけるものであった。

 広告解禁はそれ自体として、産科医療機関の参加を事実上とはいえ強制するものであり、芳しくない。しかし、そのこと以上に問題なのは、無過失補償制度の導入を契機に、厚労省や都道府県が産科医療機関に対し「脳性まひ医療事故」関連の行政処分をしかねないことであろう。

3 医療法上の公的制度

 もともと産科医療補償制度は、純粋に民間の制度として議論が始まっている。網羅的な国家の補償制度とせずに、狭く限定された分娩事故に伴う脳性まひだけの補償制度として、それも民間の制度としてスタートしようとする点が、そもそも批判されてはいる。筆者の私見でも、狭く限定された民間制度ではなく、広く網羅的な国家制度として、公平な患者補償をすべきであると思う。しかし、ここでは無過失補償制度としての「そもそも論」はひとまず置く。

 産科医療補償制度には欠点が多い。しかし、純粋な民間の制度としてスタートする限りは、まずは試行してみて改善点を見直していくのも、一理ある考え方だと思う。確かに、たとえば死因究明制度に関する医療安全調査委員会創設の構想と比べれば、致命的な欠点はなかった。

 産科医療補償制度には、刑事事件としての警察への通知はないし、医師法21条の問題はないし、医師の黙秘権侵害の問題もない。そして、厚労省などによる行政処分の拡大強化という欠点もないはずであった。

 ところが、突然、広告解禁と補償有無届出という医療法関連事項の改正が新たに加えられようとしている。医療法上の改正には診療報酬上の配慮もあるらしい。ただ、重要なのは、診療報酬うんぬんの問題ではなく、産科医療補償制度が中途半端に医療法上の公的制度として位置づけられかねないということである。

 医療法上の公的制度として位置づけることができるとしたら、脳性まひ発生と補償支出をきっかけとして、行政庁による調査も行われて行政処分が可能になってしまいかねない。もし現実にそのような事態が起きるとしたら、産科医療補償制度に加入した産科医療機関や医師としては、それでよいのであろうか。

この記事を読んでいる人におすすめ