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真相の“究明”か“糾明”か―事故調問題の根深さを憂う

2009/03/06

 先日、大変光栄なことに、ある大手新聞の本社で、医療・介護分野を主に担当する記者さん10数人の前で講演をさせていただく機会がありました。

 講演を通して、日本の医療制度崩壊の根底に低医療費政策や医師不足(特に勤務医不足)があることは、ほぼ納得いただけたという感触を得ることができました。しかし、講演後の質疑応答で、一点だけどうしても意見がかみ合わなかった問題がありました。それは、医療安全調査委員会、いわゆる「医療事故調」についてのやり取りでした。

 私は、「日本の医療現場は、マンパワー不足や過重労働により、医療事故が発生しやすい状況が放置されている。それがそもそもの大問題であり、その問題を解決しないまま医療事故の再発防止を第一義とする委員会を設置するのならば、刑事罰を伴う案は慎重に慎重を重ねて議論すべきだ」と訴えました。

 しかし、同紙で事故調を主に担当されていると思われる記者さんたちからは、「なぜ医療界が現在の事故調案に反対するのかが分からない、医療界の中で責任の有無を判定でき、初めから警察が介入することも防止できるのだから、今までよりずっと安心できるのではないか」、さらに「今までの医療界の自律性の乏しさなどを考えれば、この案を拒否できないのでは」という主旨のご意見が相次いだのです。

 私は「医療人を無条件に免責せよ、と求めているわけではない。ただ、現在の医療崩壊を放置して刑事罰を伴うような案が決定されれば、救急や産科など訴訟リスクが高い現場で踏ん張っている医師たちが潰れてしまう。その結果、医療崩壊がますます進み、国民が医療にアクセスできなくなるような事態は避けたいのです」との主旨を訴えましたが、結局、議論は平行線のまま終わりました。

 こうしたエピソードもあり、事故調の問題は大変に根が深い、と以前から気が重くなるばかりでしたが、最近、ある論文に出会いました。それは、福島県立大野病院事件の弁護人として有名な安福謙二氏による、「医療事故調査委員会に求められるもの――大野病院事件を例に」です(「医学のあゆみ」2009年1月17日号p243-246)。

 この中で安福氏は、大野病院裁判での経験を踏まえ、現在の医療事故調の案に対して具体的な問題点を明快に指摘されています。そのポイントを以下にご紹介します。

 安福氏はまず、大野病院事件で産科医が逮捕される端緒となった、福島県の医療事故調査委員会の報告書が、無罪判決確定後にも訂正、撤回が行われていないことを強く批判されています。

報告書のいう“癒着胎盤の無理な剥離”は検察官の主張の基礎であり、それは間違いと結論をつけたのが本判決である。この間違いが生じた理由を、事故調査のあり方に遡って検証すべきではないだろうか。(中略)このような“冤罪”ともいうべき事態が発生したのにもかかわらず、何らの反省も検証も行われないとすれば、もはや近代国家とはいえないと思うからである。

著者プロフィール

本田宏(済生会栗橋病院院長補佐)●ほんだ ひろし氏。1979年弘前大卒後、同大学第1外科。東京女子医大腎臓病総合医療センター外科を経て、89年済生会栗橋病院(埼玉県)外科部長、01年同院副院長。11年7月より現職。

連載の紹介

本田宏の「勤務医よ、闘え!」
深刻化する医師不足、疲弊する勤務医、増大する医療ニーズ—。医療の現場をよく知らない人々が医療政策を決めていいのか?医療再建のため、最前線の勤務医自らが考え、声を上げていく上での情報共有の場を作ります。

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