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医学生の臨床実習を強化へ―即戦力重視の政策に潜む怖さ

2009/04/17

 新聞報道によると、文部科学省の「医学教育カリキュラム検討会」は4月13日、医学部在学中の臨床実習を1500時間以上行うことを義務付ける方向で大筋合意したそうです。

 従来の日本の医学教育は座学や見学がもっぱらで、国家試験に合格して医師の資格を得ても、その時点では臨床的な能力は決定的に不足していると指摘されてきました。国家試験でレアな疾患の知識を暗記して豊富な医学知識を持っていても、実践的なスキルについては、臨床研修で指導医や看護師さんに一から教えてもらう必要があります。

 「医学教育カリキュラム検討会」の答申は、即戦力の早期育成を目的にしたものだといえるでしょう。答申がこうした内容になったバックグラウンドとしては、以下のような様々な要因が挙げられます。

 第一が、近年の医療崩壊や医師の偏在などの問題です。現在、座学中心の卒前教育で医師となった新人たちは、プライマリケアの基本的診療能力を身につけるべく、2004年から義務化された新臨床研修制度の下で2年間のスーパーローテート研修を受けています。ところが、医療崩壊対策の一環として研修制度の見直しの議論が始まり、現時点では、内科や救急など必修科目は1年目に行い、2年目のカリキュラムを弾力化する方向で議論が進んでいます。即戦力の早期育成は、これまで以上に強く求められることになります。

 このほかでは、石原慎太郎東京都知事や病院団体によるメディカルスクール構想も注目の動きです。他学士に医学教育を行い医師を養成しようというのがメディカルスクール構想。まだ制度化の見通しはついていないものの、仮に実現すれば、メディカルスクールでの教育はロースクールのように実務家向けのプラクティカルなものであることが要求されます。そうなると、やはり、即戦力化に向けての教育が重視されます。

 医学教育を知識重視から患者中心の臨床重視型に変えていこうという考え方は、厚生労働省・文部科学省の双方とも以前から持っていました。「医学教育カリキュラム検討会」の第1回の会合で配られた、議論の前提となる資料には、2001年にまとめられた「診療参加型臨床実習の実施のためのガイドライン」が登場しています。

 また、この「診療参加型臨床実習の実施のためのガイドライン」にも引用されていますが、厚労省も1991年5月13日の臨床実習検討委員会最終報告で「医学生の臨床実習において、一定条件下で許容される基本的医行為の例示」をまとめています。

 とはいえ、医学生に医療行為を行わせる臨床実習を進めるとなると、法や運営の面からも、いろいろと目配りすべきポイントが出てきます。

 例えば、医師法第17条は「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定めており、指導医の指導監督の下とはいえ、医学生が医療行為を行うのは医師法17条に反さないのかという問題があります。

 私も講演や非常勤講師の授業で大学などを訪れる際に、大学の教官からこれに類する質問をよく受けます。「医師の卵」をどこまで医療行為に参加させるべきか。医師法は、そのような微妙な問題については一切語っていません。厳格に解釈すれば、「医学生の医療行為は一切まかりならぬ」ということになります。

著者プロフィール

竹中郁夫(もなみ法律事務所)●たけなか いくお氏。医師と弁護士双方の視点から、医療訴訟に取り組む。京大法学部、信州大医学部を卒業。1986年に診療所を開設後、97年に札幌市でもなみ法律事務所を開設。

連載の紹介

竹中郁夫の「時流を読む」
医療のリスクマネジメントを考えるには、医療制度などの変化に加え、その背景にある時代の流れを読むことも重要。医師であり弁護士の竹中氏が、医療問題に関する双方向的な意見交換の場としてブログをつづります。

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