日経メディカルのロゴ画像

プロの医者を育てるには…
医学部教育と卒後教育を考える
押味和夫(エーザイ・ボストン研究所顧問、元順天堂大・元東京女子医大教授)

2009/04/22

おしみ かずお氏○1971年東大医学部卒業。東京女子医大教授を経て94年順天堂大学医学部教授に就任し、08年に退職。2008年エーザイ・ボストン研究所顧問に就任、現在に至る。

 お蔭様で、海外に住んでいる者でも「MRIC医療メルマガ通信」を通して、日本の医療事情を知ることが出来ます。医療崩壊が深刻とのことですが、大きな問題の1つに、どうしたら優れた医者を育てることが出来るか、があると思います。1年前まで日本の大学で医学生・若手医師の教育に関わってきた者として、これまでの経験を踏まえて私なりの考えを述べさせていただきます。

 その前に、簡単な自己紹介を。東大卒業後1年して米国ニュージャージー医科大学で内科インターン、次にケンタッキー州のルイビル大学で内科レジデントを経験し、その後は自治医大でアレルギー膠原病学、東京女子医大・順天堂大で血液学を専攻しました。1年前に定年まで2年を残してボストン郊外にあるエーザイの研究所に移り、抗がん剤の開発に携わっております。

 医学部教育と卒後教育を通して目指す目標は名医です。良医ではありません。どうせ目指すなら名医です。ただし、名医というと徳が伴いますので、徳のない道半ばの私に名医となる方法を教えることは不可能ですので、「プロの医者」というタイトルにしました。主にプロの内科医を育てる方法についての提案です。

 最初は医学部教育についてです。私は毎年、教養の2年生に1枠だけ授業する機会がありました。そこで強調したことは、1)英語を勉強しなさい、2)分子生物学を勉強しなさい、の2つでした。英語といっても文学書を読めるようになるということではありません。学生時代から医学用語をこつこつと習って欲しい、英語の教科書を読めるぐらいになって欲しいということです。昔、学生時代に、元東北大総長で当時がん研の院長をしておられた黒川利雄先生に言われました。

 「押味君、英語を勉強しなさい、アメリカ医学はあと100年続くよ」。40数年前の話ですが、世界の医学教育を視察してこられた黒川先生の予見は確かでした。医学の情報は英語で入ってきます。病名とか症状などの英語が分かれば、英語の教科書を読むことは容易です。

 医学書の文法は難しくありません。難しくすると誤解が生じますから、簡単な文章の方が間違いなく事実を伝えることが出来るのです。中学生程度の文法でいいので、あとは専門用語を徐々にマスターすることです。大学に残っても開業しても一生勉強ですから、いずれは英語の論文を読める程度の力は必要です。国家試験の問題を2割ほど英語で出すのがいいのではないでしょうか。

 分子生物学が重要なのは当然です。若いころ研究を始めるに当たって、当時の国立がんセンター総長の杉村隆先生に、その心構えをうかがいに行きました。日本語の論文は書くな、夜10時前には帰るなと言われました(すぐに2つとも破ってしまい、その後杉村先生に顔を合わせることが出来ません)。

 何を研究したいのかと聞かれましたので、免疫を学んでがんの治療を研究したいですと答えました。そうしたら先生は、免疫の人たちは必須アミノ酸の構造式も書けないんだ、呆れてしまう、と強い口調で不満を述べられました。今では、分子レベルで疾患の原因が急速に解明されてきています。慢性骨髄性白血病の遺伝子異常が明らかになって、その異常を抑える分子標的療法が画期的な成功を収めています。

 たとえ卒業後に内科以外を専攻する人でも、学生時代に分子生物学をしっかり学ぶことは必須と思います。私は今でも分子生物学では大変苦労していて、もっと若いときに勉強すればよかったのにと、反省ばかりです。

 次は6年生の教育についてです。私が研修した当時、米国では日本の6年生に当たる4年生は、授業料を払ってインターンと同じく3~4日に1度当直をして、インターンと交互に、入院してくる患者を受け持ちました。レジデント1人、インターン1人、学生2人がチームを組んで当直しました。そうしたら1晩に6~7人の急患が入院してきました。これが最も多かった記録ですが、レジデントの私は患者全員を診ねばならず必死でしたが、学生だって必死でした。確か2人がその夜のうちに亡くなったと思います。

 この当直システムは病院により若干違いますし今でも同じようにやってるかさえわかりませんが、私がレジデントをしていたときはそうでした。ところが日本では6年生になると、学生は病室から消えてしまうのです。何をしているのかというと、国家試験のための自習か授業です。

 でも、図書館でいくら教科書を読んでも、すぐに忘れてしまうでしょう。授業だって似たようなものです。病院にはたくさん患者がいるのですから、患者さんを教材にしない手はないです。目の前に教科書があるのです(患者さんには大変失礼な言い方ですが)。患者を通して学ぶ生きた医学は、いつまでも残ります。この6年生の教育で、米国と日本の学生に大きな差が出来てしまうのです。

この記事を読んでいる人におすすめ