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高校生目線で問う、ゲノム医療と遺伝子診断のその先
人生は決してRPGなどではない!
古賀健太(灘高校2年)

2009/04/27

こが けんた氏○2008年灘高校に入学。現在、東京大学医科学研究所にて、高校生として様々な分野の医療を勉強している。大学はハーバードを始めとする海外のunder graduateを目指している。将来は日本だけでなく世界に、医療、教育の分野で貢献したい。

 僕は私立灘高校に通う高校2年生です。現在、長期休暇など上京できるチャンスを利用して、東京大学医科学研究所に出入りしています。将来は、とても抽象的な表現になりますが、世界で活躍する医者になりたいと思っています。ただ、今はまだ医療に関する専門的な知識や経験は無いので、医師として具体的にどういうことをするか、ということよりも、どのような医師になるか、という大きなビジョンを持つことが大切だと思っています。近い将来については、ハーバード大学のメディカルスクールを目標に、まずはアメリカの4年制のcollegeへの現役進学を目指して日々勉強に励んでいます。

●ゲノム医療との出会い

 初めての黒人大統領だから、というごくありふれた理由で、僕は新しいアメリカ大統領バラク・オバマに興味を持っていました。きっとそれだけでなく、彼の威厳溢れるスピーチや権威を感じさせない包容力のある笑顔に、自ずと魅力を感じていたというのもあるでしょう。彼に関する本は何冊も原書で読み、彼が実践しようとしている多様な政策についても、自分なりに色々と調べてみました。

 その中で僕が特に興味深いと思ったのは、オバマ氏が3年前に提出したゲノム医療に関する法案です。全国民のDNAをデータベース化し、一人一人のDNAに適した医療を提供するという医療の新しい在り方を提案した“Genomics and Personalized Medicine Act of 2006”。残念ながら2006年当時は可決されませんでしたが、アメリカ大統領となったオバマは再び、Genomic Medicineに関する法律作りに取りかかっています。

 この法案との出会いを通して、僕はゲノム医療そのものに興味を持ち始めました。それまではまだまだSFの世界だと思っていた遺伝子技術が、まさかここまで現実の世界に取り入れられようとしているとは夢にも思っていませんでした。そこで僕は、ゲノム医療と遺伝子診断に関して、自分なりにリサーチを行いました。今回はこの場を借りて、僕がリサーチを通して感じたゲノム医療と遺伝子診断に対する疑問を、高校生の視点から書いてみたいと思います。

 このレポートを書くにあたり僕が一番意識しているのは、「本当にゲノム医療は人間を幸せにするのか」という視点です。大人と子供の中間にいる、つまり未来と過去の量的バランスのいい立場にいるからこそ、人生とゲノム医療の関連について、何かしらユニークな着想ができるのではないかと思ったのです。高校生が持つ知識はおよそ専門性の乏しい未熟なものです。しかしそれでも、今だからこそ感じることができる僕の「高校生としての疑問」が、新しい刺激として今後の日本の医療に少しでも貢献できれば幸いです。

 さて、ゲノム医療のリサーチを進めていく過程で僕がまず考えたことは、遺伝子技術を使えば今よりもはるかに多くのことを知ることができるようになるだろう、ということです。遺伝子とは人間の設計図。遺伝子の仕組みを解き明かすということは、人間の設計図を人間が知ることができるようになるということなのです。それでは、「ゲノム医療」の発展によって人間はどのようなことを新たに知ることができるようになるのでしょうか。そこで生まれた新たな「知」は、社会にどのような影響を与えることになるのでしょうか。

●「出来の良い赤ちゃん」と「出来の悪い赤ちゃん」という胎児差別

 僕の父は産婦人科をしています。そんな父から僕は、最近多くの親が自分のお腹の中にいる赤ちゃんのことを過剰に知りたがるようになった、という話を聞きました。お腹の中にいる赤ちゃんが男か女か、障害を持っていないかどうか、正常に成長しているかどうか、もし正常でないとしたらどう異常なのか、どういう対処法があるのか。超音波などの医療技術の発達によって、より色々なことが早い段階で分かるようになるにつれ、患者が知りたいと思うことも増えるということなのでしょう。

 このような状況に、ゲノム医療の技術が取り入れられたらどうなるだろうか、ということを考えてみます。母親の血液検査をすることで胎児のダウン症や脊椎異常などの有無をより正確に判定できるようになります。アメリカでは、1986年から胎児の先天的異常を調べることができる「AFP検査」というものが実施されていて、1995年からはダウン症の検出率がより高い「トリプルマーカー検査」に変わっています。

 現在はこの2つの検査よりもはるかに正確な結果がでる「羊水検査」が一番メジャーであるようです。羊水検査とは、母体の羊水から胎児の遺伝子や染色体異常を検査することです。今後ゲノム医療の技術が発展・普及していくにつれて、その遺伝子情報もより正確に調査できるようになるため、検出精度が高まることは簡単に予想できます。加えて、アメリカで1986年は41%だった受検率が1996年は70%に増加していることから、今では胎児の先天的異常検査はかなりポピュラーになっていることも分かります。

 このような技術が発展すると、胎児の段階で「出来の良い赤ちゃん」と「出来の悪い赤ちゃん」という差別が生まれる恐れがあると思います。厚生労働省による「人口動態特殊報告」と「人工妊娠中絶件数及び実施率の年次推移」から女性の「堕胎率」という数値を計算してみます。

 これは、本来生まれるはずだった子供のうち親の都合で中絶された割合のことで、19歳から49歳までの女性を対象として、(中絶数)/(中絶数+出産数)という計算に基づいて表されます。結果、堕胎率が20.9%だった1995年以降、毎年約1%ずつ堕胎率が上昇していることが分かりました。日本に羊水検査が導入されたのは1994年です。その次の年から堕胎率が上昇していることは、偶然なのでしょうか?

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