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訴訟と商業主義に翻弄される、医師達の苦悩と患者の悲劇
米国医療訴訟見聞記(NY編)
高月清司(IMK高月(株)代表取締役、公認医業経営コンサルタント)

2009/04/28

こうづき きよし氏○1977年慶應大学商学部卒。国内外において会社勤めの後、東京海上勤務を経て医師賠償責任保険を専門とした代理店・IMK高月として独立。現在公認医業経営コンサルタントとして、病院や勤務医向けの医療訴訟防止に向けて活動中。

 09年1月末、米国東部の医療機関における医療事故の初期対応や医療訴訟の状況、並びに医師賠償責任保険の実態などにについて見聞してきたので、その概要についてご報告したい。(通読頂くのに20分程度かかることをお許し下さい)

 最初にお断りとなるが、2月12日MRIC 臨時Vol.25の中で、森臨太郎氏が仰るように「海外の医療の紹介は役に立つのか?」の疑問については、私も全く同感だ。

 医療に限らず、その国の制度なり慣習というものは、森氏の言葉をそのままお借りすれば「その国の文化、歴史、資源、制度、政治、国民性、地理、気候など、よくよく考えていくと、このような多くの要素がまじりあった中で成り立っている」ものであり、そこからいいとこ取りしようとしても我が国に最適なものとして根ざすとは限らない。

 本日お伝えする米国の訴訟事情なども、一般に「訴訟好き」といわれる米国の、それも最も弁護士の多いNYの話であり、その国民性がそのまま我が国に影響を及ぼすなどとは考えにくいのは事実ながら、こと医師賠償責任保険(医師賠)に限って言えば、我が国の医師賠は米国のそれを基本に骨格が考え出されたといわれているため、米国の状況変化によっては日本にも少なからず影響が出てくる可能性が他の分野より高いと思われるのだ。

 従って、「いずれ、日本にも同じようなことが起きるかもしれない。その前に考えられる対策を考えておこう」というベースで報告を進めることにしたい。とはいえ、あくまで見聞記なので、「まぁ、そんなもんやろな」程度に、気軽にお付き合い頂ければありがたい。

1.米国の勤務医は、開業医?

 最初に訪れたのは、マンハッタンにあるべス・イスラエル病院(Beth IsraelMedical Center、略称BIMC )。国連本部ビルも間近な位置にあり、ベッド数1,106床。産科と救急を中心にした、全米各地並びに市内にもいくつか存在するグループ病院の旗艦病院だ。

 日本でも、グループ病院(Boston)による看護研修システムなどが紹介されているようだが、実は東京海上日動はかなり前からここと業務提携していて、病院の近くに提携診療所(といっても、医師10数人とかなり大規模)を経営していたり、日本から医師や看護スタッフ社員を派遣して、医療サポート業務の研修に役立てたりしているので、そんな関係から見学のアポを取った。

 外観は普通のオフィスビルといった感じで、特に病院というイメージはなかったが、屋内に入るといくつかの診察室(Exam Room)が廊下の両脇に並んでいる。「この辺は日本と同じだな」と思っていたら、使われ方は日本と全く逆だという。

 日本では、診察室=医師の数と考えがちで、診察室には医師がいて患者が入室して診察が始まる、といった図式だが、こちらでは呼ばれた患者が医師の到着を待っているのが診察室で、医師が来るまで医療スタッフ(ナースの場合もあれば、医療クラークのような人もいる)から症状や投薬の経過を聞かれたりする。1人の医師は4-5室以上の診察室を担当し、廊下トンビのように診察室を次から次へと動き回るという感じだそうだ。

 日本でよく見かけるように、大勢の前で、「今日はどうしました?」などと症状を聞かれずに済むし、プライバシー重視の国民性のゆえかと考えていたら、実はここにも別の意味があった。

 それは、こちらの医師は殆どが完全歩合制の雇用契約で、自分が診察・診療した患者から得た診療報酬から、診察室などの賃貸料を引いた額を病院から得るという報酬体系なのだそうだ。つまり、日本にある外資系企業や弁護士事務所の給与体系と同様、できるだけ多くの患者を診れば診るほど報酬が上がる仕組みで、病院にいる医師はみな勤務医というわけではなく、病院のスペースを借りた開業医というイメージなのだ。

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