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経営主体の立ち去り型サボタージュが始まった
医療再生の布石として公益に徹する新医師会を
小松秀樹(虎の門病院泌尿器科部長)

2009/05/25

こまつ ひでき氏○1974年東大医学部卒業。虎の門病院泌尿器科部長。著書に『医療崩壊「立ち去り型サボタージュ」とは何か』『医療の限界』がある。

○経営主体の立ち去り型サボタージュ

 07年6月の医療経済実態調査で、病院の経営状況が悪化していることが示された。医療に限定するために、介護保険事業に係る収入のない病院でみると、全体として医業収入より医業費用が大きい。

 医療収入に対する医業費用の比率は、05年6月の102.3%から、07年6月には105.6%になり、赤字が拡大した。公立病院は117.4%と経営状況が極端に悪い。全国公私病院連盟によると08年6月の調査で自治体病院の93%は赤字だった。

 このような状況下で、自治体財政健全化法が動きはじめた。夕張市のような財政破綻を未然に防ぐためである。自治体は、病院の赤字が膨らむと民間に売却するか廃止せざるを得なくなった。数年来目立っている公立病院の閉鎖が一気に加速される。

 高知医療センターの大赤字は、統廃合やPFI(民間の資金や組織を使って、公共サービスのための施設整備やサービス提供を行う手法)が、成功を保証するものでないことを示している。三菱水島病院が閉鎖されたが、企業も赤字病院を維持できない。

 さらに、09年2月13日、厚労省は、公的年金の保険料や、中小企業向け旧政管健保(現・協会けんぽ)の保険料を、病院事業につぎ込むわけにいかないという理由で(土地建物を病院に無償で貸与していた)、10か所の厚生年金病院と53か所の社会保険病院の売却方針を決定した。私の勤務する虎の門病院を経営する国家公務員共済組合連合会もいくつかの病院を閉鎖(統合)した。国家公務員の年金資金を、病院の赤字補填に使うことが許されないからである。

 複数の経営主体が、それぞれ経済的理由で病院を手放そうとしている。医療崩壊は、経営主体の立ち去り型サボタージュという未曾有の局面に入った。だれも全体をコントロールしていない。政策変更に要する時間と現在の政治状況を考えると、2-3年以内に、日本の医療は大混乱に陥る。

 なぜこうなったか。第一に国民が負担を嫌がり、これに政治が引きずられた。財務省が発表した08年10月現在の資料によれば、日本の租税負担の対国民所得比は、OECD30カ国中、ハンガリーを除く29カ国の中で、下から4番目である。このため必要な給付ができない。

 例えば、OECDによると、高等教育への公費支出の対GDP比は、OECDの中で最低である。その分、親や本人の負担が大きく、貧しいと大学に進学できない。08年秋の世界経済危機以後、経済的理由による高校中退も増えている。このままでは、収入格差が世代を超えて固定される。

 国民は、EU法が加盟国に消費税率15%以上を義務付けていることの意味を考えるべきである。EUでは、経済危機に対する緊急処置として、品目によって消費税率の引き下げが自由化されたが、基本的な考え方が変わったわけではない。

 中曽根政権で、増税なき財政再建が叫ばれ、医療費亡国論が登場した。以後、医療費抑制策が四半世紀にわたり継続された。医療費が抑制されたにもかかわらず、国民やマスメディアは医療安全の要求を非現実的レベルまで高めた。費用やシステムの問題が、医療従事者個人の善悪の問題とされた。医療現場の労働環境は悪化し、医療従事者は疲弊した。

 日本医師会(日医)は医療費抑制政策に反対してきたが、みずからの利益のためとしかみなされなかった。医療費抑制策がどのような結果をもたらすのかについて、病院医療についての知識と関心不足のため、正確な情報を国民に提供できなかった。医療行政のチェック役を果たすどころか、逆に、政策決定の道具としてしか機能してこなかった。結局、日医は、医療崩壊現象に早期に気づくことも、対応することもできなかった。

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