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ボストン便り 3回目
パブリックヘルス・ワーカーの落とし穴
細田満和子(ハーバード公衆衛生大学院国際保健学部リサーチ・フェロー)

2009/07/24

○国際保健と援助

 筆者の所属するハーバード公衆衛生(パブリックヘルス)大学院の国際保健学部というところでは、健康に生きることは万人に平等の権利であると考え、途上国での感染症対策、母子保健、健康政策支援などの実践的研究を使命感に燃えて行っている人が何人もいます。

 国際援助のNPO/NGOの代表を務めたり、現地に足を運んでパブリックヘルス・ワーカーを指導したりすることもよく行われています。ちなみにパブリックヘルス・ワーカーというのは、ここでは公衆衛生業務を行う現地の人々として、行政職員やNGO職員の両方を含むと定義します。

 彼らからは、母親に保健指導をすることで子どもたちを伝染病から守る仕組みを作ったり、母子手帳を広めたり、地域に保健センターを作ったりするといった国際援助の成果の話を聴くこともある一方で、資金流通の不透明さや援助国と被援助国の連携のまずさといった援助の難しさに関する話を聞くこともあります。

 筆者もこれまでに、途上国の感染症に関する援助に関して調査研究をしてきましたが、NPO/NGOの活動家たちおよびWHO関係者から、援助の裏側の話をいろいろ聞いてきました。

○ある伝染病の「制圧」

 例えばある感染症に関して、WHOは2005年までにその病気を世界的に制圧するという目標を2000年に立てました。その感染症は弱毒で薬による治療が可能なので、既に先進国では制圧されています。そしてインドや中国やインドネシアなどアジアの国々、ブラジルやアフリカの国々などでは漸減しているので、一気に制圧しようということになったのです。ちなみに治療薬は、資金援助をしている財団のおかげで世界中どこでも無料で配られることになっています。

 そこで、その伝染病の登録者数の多い各国政府、援助しているNPO/NGO、資金提供をしている財団、関連医学会や医療協会などは、この目標に向けて活動を始めました。

 その結果、インドでは2001年から急激にその伝染病の患者数が減り始めました。特に2003年以降は劇的と言っていいほどに減少しました。どのくらいかというと、2001年から2005年までの4年間で、50万人から10万人へ、すなわち80%も一気に減少したのです。

 伝染病が制圧に向かうのは本来喜ばしいことなのですが、この急激な減少ぶりは関係者の従来から抱いていた疑惑を再確認し、さらに新たなる疑惑を生むことになりました。

○パブリックヘルス・ワーカーの落とし穴(1)―伝染病登録者数の過剰

 インドに関しては、これまでにも登録者数がなかなか減らないことが、政府やWHOで問題化されてきました。ミャンマーやタイやパキスタンやバングラディシュなどといった国々においては人口比で登録者数が減っているのに、インドだけはなぜいつまでも減らないのかという問題が真剣に語られてきたのです。この伝染病患者の登録数はパブリックヘルス・ワーカーたちが申請してきました。

 ところがWHOが制圧目標を2005年に決めたとたんに急激に減少したのです。これは、かねてからあった憶測、すなわちインドのパブリックヘルス・ワーカーたちは患者数を過剰に登録しているのではないかという憶測を裏付けることになりました。患者がたくさんいるのだから、援助のためにはお金も人も必要なのだと自らの存在意義を示し、伝染病対策の予算を得て自分たちの雇用を守ろうとしている意図は明らかです。

 実際に、WHOと政府の評価委員会が専門家によるモニタリングを繰り返したところ、多くの州で30%から45%に及ぶ患者登録の過剰が発見されました。

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