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新型インフルエンザ対策として今、最も必要なもの
森兼啓太(東北大学大学院医学系研究科感染制御・検査診断学分野)

2009/08/05

 新型インフルエンザに関する報道が少なくなって久しい。日本が今、季節性インフルエンザの流行しない梅雨から夏に向かっているので、5月中旬に神戸・大阪に端を発した日本での流行が一旦終息したと思っている人も少なくないであろう。

 報道が少なくなったのは、単にマスコミがネタにできるような話題が少なくなっただけの話である。もちろん、新型インフルエンザ患者が発生するたびに大きく報じるべき、などと主張しているわけではない。それはさておき、日本における患者発生数は5月下旬に一旦少なくなったものの、6月に入って再び増加に向かい、7月に入ると1日数十名、さらに中旬には1日100名を超えるようになった。

 これまでは、インフルエンザ様症状の患者に対して、季節性か新型かを区別するために新型の診断のためのPCR検査などを行い、国として患者数を正確に把握することに務めてきた。しかしそのために大きな労力と費用をかけてきたことも事実である。PCR検査は一件あたり最大で数万円の費用(公費)がかかり、さらには地方衛生研究所の貴重な人手を必要とする。

 これだけ患者発生数が増加してくると、もはや患者数を正確に把握すべき時期ではなく、あまり手間をかけずに患者発生状況を把握できるサーベイランスシステムが必要になってくる。国では現在そのようなシステムを構築中であり、一部稼働しているものもある。さらには、抗ウイルス薬耐性などの監視も行なわれている。全数報告を行なわなくてよくなったことで、国(厚労省)だけでなく、地方の保健福祉部局も随分負担が減ったのではないかと考える。

 さて、現在日本中で1日数百人の患者が新たに発生しているであろう。そのほとんどが新型としての診断を受けず、インフルエンザとして抗ウイルス薬の処方を受けるか、医療機関を受診することなく自宅加療し、数日のうちに回復しているものと思われる。これまでに検査確定した5,000人を超える日本人のうち、誰一人として死に至っておらず、数だけから言えば、致死率0.05~0.1%と言われる季節性インフルエンザより致死率は低い。

 しかし、これは現在の流行状況に基づいての話である。すなわち、現在は学校での集団発生が中心であり、職場や地域の集まりにおける集団発生は非常にまれである。日本での流行の初期には、関東地方で結婚式における20歳代から30歳代の人々の小集団発生があったが、このような事例は今でもまれである。結果として、多くの患者が10歳代、0歳代、または20歳代前半である。厚労省から発表されるデータの最新版(7月22日発表)では、4,433例中10歳代が2,051例、10歳未満が878例、20歳代が761例と、この3つの年齢層で全体の83%を占める。

 今後、地域や職場で流行が広がり、成人から壮年、そして高齢者の感染者が増加するかどうかはわからない。若年者と同様に成人から壮年層は新型インフルエンザA(H1N1)への免疫をもっていないか、あっても非常に弱いということが知られている。諸外国で重症化している症例は妊婦や基礎疾患を有する成人、肥満者に多いと見られており、成人から壮年の年代で発生する患者の中から重症例や死亡例が出ることは早晩避けられないと考える。

 秋になるか冬になるか、あるいはまもなくなのかわからないが、いずれ大規模な流行、いわゆるパンデミックになると覚悟しておくべきであろう。その際の患者発生数は今の患者数の比ではない。過去のパンデミックでは、最初の大きな流行の際に人口の20-40%が罹患している。

 仮に2009年10月から2010年3月までの6ヶ月間に日本人の30%が罹患するとすれば、180日間に3600万人の患者が発生し、単純計算で1日あたり20万人と、桁違いの数である。しかもこれが一様に発生するわけではない。大流行の立ち上がりは少ない数であり、ピーク時にはこの何倍にも達するであろう。もちろん全員が医療機関を受診するわけでもないが、今のままの外来診療体制ではさばききれないほど多くの患者が医療機関を訪れることは十分想定される。

 今後に向けた厚労省の新型インフルエンザ行動計画運用指針では、重症者に対する病床の確保がうたわれているが、どの程度の割合で重症者が発生するかが全く読めない以上、常時病床を空けておくなどの本当の意味での「確保」は不可能である。入院患者が発生した時点で対応せざるを得ないだろう。それよりも、ほぼ確実に起こるであろう、外来診療における患者の急激かつ大幅な増加に備える方が優先である。

 学校閉鎖や接触者の予防内服などを行なって、一時的に患者数の増加を防いでも、市中で感染伝播が続く以上、それらによって罹患しなかった人たちもいずれどこかの時点で罹患するだろう。つまり、これらの対策では罹患患者総数を減らすことは困難である。

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