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持続可能な医療体制を実現するための全国医師連盟の五つの緊急提言
黒川衛(全国医師連盟代表)

2009/08/19

●緊急提言

 国際的に評価の高い日本の医療は、崩壊のまっただ中にあります。そして、医療崩壊は、日本社会に様々な悪影響を及ぼします。医療現場が疲弊する一方で、医療制度の矛盾は、長年放置されてきました。日本の医療は直ちに修復されなければなりません。全国医師連盟は、ここに持続可能な医療体制を実現するための緊急提言を発表します。

1.医療費を先進国並みに増額し、医療を大幅な雇用創出の場にすべきです。保険診療の診療報酬は、医療関連職の技術を含め人的資源にかかる費用を重視して、緻密なコストの積み上げで決定することと、その過程を透明化することが大切です。

2.医療の需要は、現場の対応能力の限界をはるかに超えています。現場の医師がこれ以上疲弊しないために、国はこの問題を直視し、急性期医療機関への受診を適正化するなど、医療の需要を制限する緊急避難的な施策を真剣に検討するべきです。

3.医療従事者が過剰労働で医療を支えている現状では、医療の安全は守られません。国と医療機関の開設者は、病床あたりの勤務医師数を大幅に増員するよう努力し、労働環境の適法化に真剣に取り組む必要があります。

4.医師の計画配置は、過酷な労働環境が放置されたままでは不可能です。このような医療の現場に医師を強制的に配置することは、医師を消耗させ、結果的に医師の診療能力の低下を、ひいては医療供給の減少をまねきます。

5.医療の場で不幸な事態が起こったとき、捜査機関の介入に先立ち、刑事手続に付すことの相当性を検討する調査委員会の設置が必要です。また、医療事故補償基金を創設し、患者(家族)救済を図る必要があります。

 全国医師連盟の緊急提言は、逼迫した医療現場からの切実な訴えです。医療崩壊は、旧来の方法では解決できず、緊急に抜本的な対策をとらなければなりません。

●解説

 医療の進歩とともに、日本人の平均寿命は、戦後60年で30年も伸びました。妊産婦死亡率は1950年当時より40倍改善し、周産期死亡率も14倍改善し、世界トップレベルに達しました。一方、日本の医療は、健康指標での国際比較で世界最高と評価されていますが、医療を支える医療費や医療従事者数は、先進国中最低レベルです。医療現場の負担はすでに限界を超え、医療行政を転換する必要があります。

 この15年間の医療環境の変化を見ると、急病者の救急搬送は2倍に増え、医療事故報道は30倍に増え、医療訴訟は2倍に増えています。医療機関、診療所の経営悪化が報告され、病院勤務医の勤労条件は極めて劣悪なものになっています。病院勤務医の勤務条件が、平均でも過労死認定基準を超えているという深刻な報告が出ています。

 近年、医療において、コスト(医療費)、アクセス(受診し易さ)、クオリティー(医療の質)の三者は並び立たないとされています。際限ない医療需要の増加に対し、医療の供給量が不足していること(医療の需要と供給の不均衡)が、医療崩壊の主要因となっています。日本の医療のコスト、アクセス、クオリティーを今後も現状のまま維持することは不可能であり、アクセスの見直しを避けるべきではありません。

 現在の医療費と医療従事者数では、増大する医療需要に対応することは困難です。医療システムが瓦解し始めている状況(医療崩壊)を真剣に直視すべきです。医療の持続性を確保し、健康保険制度を維持するためには、優先性の低い医療需要は抑制し、医療供給すなわち医療資源(人員と経費)を増加しなければなりません。これが出来なければ、現在の医療水準を維持することさえ不可能です。

1.医療費を先進国並みに増額し、医療を大幅な雇用創出の場にすべきです。保険診療の診療報酬は、医療関連職の技術を含め人的資源にかかる費用を重視して、緻密なコストの積み上げで決定することと、その過程を透明化することが大切です。

 日本の医療費は、GDP比で8.1%と、先進国平均より1.0%も抑制されています。この状況では、医療の高度化に対応することも、国民の医療に対する高い要求に応えることも困難です。長期にわたる医療費抑制政策の根底には、医療費を経済的浪費としてしか捉えていない考え方があるのではないかと思われます。

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