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医師を育てる気がありますか―臨床研修政策に関するマニフェスト比較―
森田知宏(医師のキャリアパスを考える医学生の会、東大医学部4年)

2009/08/20

●次世代の医療問題「医学教育」

 現在の医療界は、医療費不足、医師不足に端を発する様々な医療問題が渦巻いています。その中で、2008年8月は一つの転機となりました。1982年の閣議決定以来綿々と続いてきた医学部定員削減を見直し、医学部定員を増加することが決まったからです。医師不足解消へ向けて大きな一歩が踏み出されました。今後、医師不足解消とともに重要になるのが医学教育、つまり「増やした医学生をどのようにしていい医師に育てるのか」ということです。

 「医師のキャリアパスを考える医学生の会」では、医学教育を受けている身として、「いい医師」になるためには、どのような教育体制が望ましいかを考えてきました。臨床研修制度の改定の際には、賛同してくださる方2654筆の署名とともに厚生労働省に意見書を提出しました。[1]今回、衆議院選挙を前に、自由民主党民主党のマニフェストから、臨床研修制度を通じた両党の地域医療体制の構想を考察しました。[2, 3]

●理想の臨床研修制度とは

 私の考える理想の臨床研修制度、それは「病院がその特色を生かし、各病院がいい医師と考える医師を育てる」ことを可能とするものです。そのために、臨床研修医の定員は病院が自らの教育環境を鑑みて設定し、臨床研修内容については徹底した情報公開を行うことが重要だと考えます。

 一方、医学生は、各自で病院の行う臨床研修内容・環境について評価し、自分の目指す医師像のために役立つ病院を選ぶことが重要です。医学生に「選択」された病院の行う研修内容はきっとすばらしいものでしょう。先日、厚生労働省が行った臨床研修制度改定は、都道府県ごとの定員を「官僚」が算定するもので、医師の教育という目的から外れたものとなっていました。

●臨床研修と医師偏在は別問題

 厚生労働省考案の都道府県ごとの定員設定は、現状の医師偏在問題を緩和することが目的でした。しかし、それは現実にそぐわないものです。研修医を育てるには当然ながら教育環境が存在する、つまり上級医となる専門医が存在することが必要です。医師不足地域において、教育環境が存在するのでしょうか。臨床研修と医師偏在の問題は、切り離して考えるべきです。

 そもそも、医師偏在問題は、研修医にとどまらず医療界全体で考えるべきです。医師不足が解消されるまでの十数年間、どんなに取り繕っても必ずどこかにホコロビが生じます。そのホコロビを最小限にするためには、病院、大学、医師会、自治体、住民など様々な立場が話し合い、医師がいかにして地域を循環できるかを考えるべきではないでしょうか。医師偏在を解消するために、臨床研修制度の目的たる「医師の教育」という観点を忘れてはならないと考えます。

●臨床研修政策のボリューム比較

 自由民主党の政策BANK中で、医療政策は第一章『安心な国民生活の構築』の、二段落『医療基盤整備・医療体制の安心確保』、『高齢者医療制度等の見直し』にわたって書いてあります。臨床研修制度については、『医療基盤整備・医療体制の安心確保』の約1/3を占め、臨床研修制度に関する問題意識が大きいことがわかります。

 対する民主党は政策集INDEX2009とは別に、特に医療政策については民主党医療政策<詳細版>としてHPにアップし、医療に対する意識はかなり高いと言えます。その中で、一段落を割いて『臨床研修の充実』について述べており、民主党も臨床研修制度に着目した考察を行っています。それではいよいよ両党の臨床研修政策の違いを見てまいります。

●我が目を疑った自民党の提言

 『医師偏在の解消へ向けた臨床研修医制度』を掲げ、『地域医療の砦たる大学病院の医療体制を整備』し、『医学教育の充実、勤務環境の改善や救急医療体制の整備等』を行うとあります。

 正直に言うと、目を疑いました。臨床研修制度が『医師偏在の解消へ向けた』ものであると明確しているからです。臨床研修制度は「医師の教育」が目的であるはずです。また、医師としての最初の二年間を少し操作しただけで医師の偏在は解消されません。

 自民党は、大学病院の医療体制を整備することを重視しています。しかし、臨床研修制度が始まって以来、初期研修を大学病院以外の民間病院で行う研修医が増え、2005年以降4年連続で半分以上の研修医が民間病院で臨床研修を行っています。その状況の中、大学病院を中心とした臨床研修を主張することは時代遅れと言わざるを得ません。民間病院も含めて、各臨床研修病院の自助努力をすすめるべく、民間病院と大学病院の連携の強化や情報公開を図るべきではないでしょうか。

 自民党の政策を読んで少しがっかりしました。結構スペースは割いているものの、臨床研修制度なんて興味ないのかなあと思いました。厚労省の考えと、うり二つなのも両者の微妙な関係を伺わせます。

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