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新型インフルの緊急対策に患者補償と医師免責を導入すべきでないか
井上清成(弁護士)

2009/09/15

いのうえ きよなり氏○1981年東大法学部卒業。86年に弁護士登録、89年に井上法律事務所を開設。日本医事新報に「転ばぬ先のツエ知って得する!法律用語の基礎知識」、MMJに「医療の法律処方箋」を連載中。著書に『病院法務セミナー・よくわかる医療訴訟』(毎日コミュニケーションズ)など。

1 無過失補償制度としての患者補償

 患者と医療者の双方ともが、安心して治療に臨めなければならない。今までは、患者の安心ばかりが強調されていて、医療者の安心が度外視もしくはタブー視されてきた。当り前のことであるが、医療は患者と医療者とで成り立つ。一方が欠けると、他方も成り立たない。だから、医療に伴わざるをえないリスクを、できる限り患者に負担させないようにすると共に、医療者にも負担させないようにするのが合理的であろう。

 無過失補償制度は、発現してしまった医療のリスク(つまり、副反応や事故など)を、たまたま発現した患者に負担させず、そこに生じた損失を経済的に公平に補償しようとする。医療者の過失の有無を問わない。訴訟提起ができる人と諸事情によって訴訟提起ができない人との間の不公平も生じさせないようにする。これをひと口に「患者補償」といってよい。

2 患者補償に対応する医師免責

 医療者を不安にさせるものの筆頭は、医療過誤の責任追及であろう。刑事責任もあれば、民事責任もあるし、行政処分もある。これらの責任追及の不安があるために、時に、積極果敢な医療に踏み切れない。

 たとえば、医師に非常に厳しい最高裁判決として有名な、痘瘡の予防接種で後遺症が残った事例がある。最高裁判所は平成3年4月19日の判決で「被接種者は禁忌者に該当していたと推定する」とし、その最高裁による破棄差戻し後の札幌高等裁判所の判決では、現実に、担当医師の問診義務違反予見義務違反が認定され、過失ありとされてしまった。

 これは、多少の限定付きの形を採ってはいるけれども、実際上、副反応が出て後遺症が残ったら、すべて過失ありと認めて損害賠償の形式で補償しようとするに等しい。もともと、最高裁は、何とかして不公平な被害を救済したいという政策的意図の下で、強引に過失損害賠償という法律構成を採った。

 しかし、患者補償が実現するならば、不当に強引な過失の法律構成を採る必要もない。医師免責を認めて何ら差しつかえないであろう。つまり、患者補償医師免責とは本来、損失補償の両輪として、対応してしかるべきなのである。

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