その日もいつもと変わらない朝…のはずだった。しかし、病棟に到着すると同時にいつもと違う大きな声が聞こえてきた。「ACSだ! 今すぐ開腹するぞ!」
(ACSで開腹? そうか! これは一大事だ)。私はすぐさまベッドサイドまで走って行った。
ACSと聞いて、内科系を専門とされる先生方が最初に思い浮かべるのはおそらく急性冠症候群(acute coronary syndrome)であろう。しかし、外科医や救急医、集中治療医などの頭には、もうひとつのACS、腹部コンパートメント症候群(abdominal compartment syndrome)も浮かび上がるのである。この朝の患者についても、状況から腹部の方のACSと解釈し、対応した。
どちらのACSも一大事であるが、今回はもう一方のACS、腹部コンパートメント症候群の症例を紹介し、対応法を解説したい。
この患者は70歳男性。脳梗塞で入院中にFoleyカテーテルを事故(自己)抜去。数時間後に悪寒・戦慄あり。その後に敗血症性ショック(septic shock)を発症し、EGDT(early goal-directed therapy)にのっとった治療を開始。一時はショックを離脱したが、翌朝になって再度ショックとなり、心臓は今にも止まらんばかりという状態。腹部は前日と比較して著明に膨隆していて、はちきれそうなほどだった。人工呼吸器のアラームは絶えず鳴り響いていた。
研修医「……」。目の前で起こっている状況に戸惑い、ショックに対してショック状態。
若手救急医「ショック状態!感染症の治療をしていたから、おそらく輸液がthird spaceに逃げてしまっているんだ。まずは輸液でvolume確保しよう。必要に応じてノルアド投与」。アセスメントは良い。対応も間違っていないが、あと一歩。
救急指導医「腹部膨満してるぞ。換気量も落ちてる。ACSだ! 今すぐ開腹するぞ! 」
若手救急医(ACSで開腹? 何で? ACSって心臓だよなあ…)
研修医「……」。相変わらず放心状態が続く。
救急指導医の判断で、ベッドサイドで緊急開腹術を施行。電光石火のごとくメスが腹部正中を滑っていく。腹部が開くまでに数秒とかからなかった。その後、換気量は徐々に上昇し、血圧も上昇していった。
新規に会員登録する
会員登録すると、記事全文がお読みいただけるようになるほか、ポイントプログラムにもご参加いただけます。
著者プロフィール
八戸市立市民病院救命救急センター●青森県八戸市の3次救急施設として、重症熱傷の集中治療室、心疾患集中治療室などを備える。病床は30床。本連載は、今明秀所長の監修の下、センターのスタッフが執筆。
連載の紹介
症例で学ぶ救急診療の鉄則――北の現場から
救急患者が訴える多様な症状への対応法、危険な兆候を見逃さないための鉄則、ピットフォールを、八戸市立市民病院救命救急センターのスタッフが、臨場感あふれる症例画像とともに解説します。
この連載のバックナンバー
2009/09/26
2009/06/24
2009/03/11
2008/09/30
2008/06/16