日経メディカルのロゴ画像

僕がミイラに思うこと   

2009/09/30

 2009年の夏から秋にかけて、エジプトにまつわる2つの大展覧会が同時開催されました。1つは横浜港の開港150周年記念事業としてパシフィコ横浜で開かれた「海のエジプト展」です。1992年、フランス人考古学者のフランク・ゴディオ氏をリーダーにアレクサンドリアの海底で大規模な発掘調査が行われました。クレオパトラが愛したこの古代都市の海底には、約2000年前もの永い間、約5メートルもの巨大なファラオ王・王姫、ハピ神の石像ほか数多くの至宝が眠り続けていたのです。

 もう1つは、上野の東京都美術館で開催中の「トリノ・エジプト展」です。こちらではエジプト新王朝時代・第18王朝であるツタンカーメン王がアメン神と共に彫られた像がドラマチックに演出されました。この約2mの門外不出の美しい石像が作られたのは紀元前1300年ごろですから、約3300年も昔のことになります。

 古代エジプト人はすべての事物に神の存在を見いだしました。

 石という無機質な物質に彫刻の作業を通して魂を注ぎ込むことで、単なる石を神の威権や王の権限を象徴する巨大石像へと昇華させました。さらに彼らは非常に信仰深く、すべての神を象徴化し祈り崇めました。そして人が死へと旅立つ際には、再生と復活を信じては遺体をミイラにして手厚く埋葬しました。

 僕は古代エジプトに2つの魅力を感じます。

 まずは何と言ってもその歴史の古さでしょう。何しろその歴史はツタンカーメンよりさらに古く、紀元前1700年以上前にさかのぼるアナトリアを中心としたヒッタイト古王国時代や、古代メソポタミア文明のメシュール文明、果ては紀元前3600年ごろの初期青銅器時代以前にまで高度な古代オリエント文明が存在したことが調査されています。

 そしてもう一つの魅力は「ミイラ」です。古代エジプト人が「永遠の命」と「神」の存在を真摯に信じる宗教観を持ち、死者の葬り方、つまり永遠の復活を信じたミイラという存在にこの文明の魅力を感じるのです。

 多くの考古学者がミイラから古代文明の習慣、風習、技術力、社会観、宗教観ほか様々な歴史や文化を分析し、世に伝えました。しかし今日、私たちがミイラから学ぶことは決してそれのみにとどまるべきではありません。古代エジプト人の死生観を学ぶことで、現代人に欠けている死の普遍性や死後の世界の悠久性を学ぶことも大切ではないでしょうか。

 たとえ人類が死を恐れるあまりに先端医学を駆使して700歳の命を手にしたとしても、古代エジプト人のミイラたちの思想に裏打ちされた、現生の先に死後があり、いつの日か来る復活を信じる永久性には決してかなうものではないでしょう。

著者プロフィール

今高城治(獨協医科大学小児科講師)●いまたか じょうじ氏。獨協医科大学医学部卒、慶應義塾大学文学部(哲学)卒、医学博士。小児神経学会評議員。現在、慶應義塾大学法学部(通信教育課程)に在籍し政治学を専攻中。

連載の紹介

今高城治の「医療と生命倫理のパンセ」
文明と医学の進歩は人類に本当の幸せをもたらすのか?超重症児医療に従事しながら、哲学・倫理学・法学を修める今高氏が、独自の世界観を背景に現代の倫理、哲学、思想、サイエンスに対する諸問題を論考していきます。

この記事を読んでいる人におすすめ