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「看護師が見たアメリカの疼痛緩和の現場」(下)
児玉有子(東大医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門)

2009/10/08

こだま ゆうこ氏○2000年佐賀医大大学院看護学専攻(修士課程)修了。虎の門病院での勤務を経て、佐賀医科大学(佐賀大学医学部)看護学科で助手(助教)として学生教育に携わったのち、現職。

【仙谷大臣とオレンジバルーン

 仙谷由人行政刷新担当大臣の記者会見が、しばしばテレビで放映されています。後ろに控えている秘書官の胸元に、オレンジ色風船のピンバッチが付けてあるのに気づかれた方はおられるでしょうか。実はあれ、緩和ケア推進のシンボルマークなのです。

 仙谷大臣は、癌患者です。2002年に国立がんセンターで胃癌の手術を受けました。それ以降、医療問題に関心を持ち、2006年の癌対策基本法成立に尽力されました。癌対策推進基本計画では、10年以内に癌患者およびその家族の苦痛を軽減することと、療養生活の質の向上の目標として掲げられました。あれから3年、果たしてどれだけ進んだのでしょうか。

 ドラッグ・ラグに対する国民の認知度は上がり、さまざまな解決策が試行錯誤されています。ところが、同じような状況にある医療機器のデバイスラグについてはまだまだ十分な議論がなされているとは言えません。

【体内埋め込み型ポンプは、難治性疼痛患者への福音】

 アメリカでは18年前から癌性疼痛に対して、埋め込み型ポンプを用いた疼痛治療が行われています。体内埋め込み型ポンプから出たチューブの先が第12胸髄腔に留置され、髄腔内に直接モルヒネを注入します。心臓ペースメーカーと埋め込み型ポートを足したような存在と考えれば理解しやすいでしょう。

 ポンプの埋め込み手術にかかる時間は1時間程度、アメリカでは外来で手術しています。ポンプを体内に埋め込むことで、患者の日常生活の邪魔にならず、かつ一定の量の薬剤を持続的に注入できます。

 モルヒネを用いる場合、副作用対策に注意が必要です。例えば、モルヒネを服用する患者の一部は、便秘、眠気、吐き気に悩まされます。一方、埋め込み型ポンプを用いれば、このような副作用は緩和されます。便秘や吐き気は1/3から半分程度に減ります。髄腔投与は、経口投与の300分の1の量のモルヒネで済むため、影響が少ないからです。

 例えば、今回の見学で紹介されたナンシーさんは、モルヒネの経口投与だけでは、痛みをコントロールできず、泣きながら過ごしていましたが、埋め込み手術後は普通の生活を送ることができるようになりました。

【体内埋め込み型ポンプはデバイスラグの典型例】

 アメリカにくらべ7%程しか麻薬が処方されていない日本では、まだまだ癌患者の疼痛対策は十分とは言えません。このような器械が導入できれば、痛みが軽減され行動範囲が広がるでしょう。

 体内埋め込み型ポンプは、国内での適応が海外に比べて大きく遅れているというデバイスラグの例です。体内埋め込み型製品そのものは2005年に脊髄損傷や脳性麻痺による重症の痙縮に対して承認を得、保険診療で行われていますが、癌の疼痛対策への使用は適応外です。アメリカでは1991年に承認され、臨床応用されているのに、我が国では治験の要否を含め、適応拡大にいたる道筋ははっきりしていません。

 また、既に承認されている薬剤ではありますが、適応の拡大に当たって、それぞれについてどのような追加試験やデータが必要かについては検討が進んでいません。患者さんや医療現場のニーズに迅速に応えられるような手当てがなされることが期待されます。

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