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新型インフルエンザワクチン導入の意義は何か?
木村盛世(厚生労働省医系技官)

2009/11/04

 「人間は真実を見なければならない。なぜなら真実は人間を見ているからだ」―ウィンストン・チャーチル

 巷では新型インフルエンザワクチンに関する議論が真っ盛りである。インフルエンザは入ったからには必ず広まる。100%有効な予防法はないし、特効薬もない。その中でやるべきことは既存の方法を組み合わせて、広がりの程度をできるだけ小さくすることである。

 それ故ワクチンも有用なツールの一つとして挙げられる。ワクチンの効果はどの程度なのか、副反応はどうなのか、そして1回うちが良いか、2回にすべきかといった議論が新聞の紙面をにぎわすと、国民のワクチンに対する期待と不安もおのずと高まってくる。

 そしていつの間にか「新型インフルエンザワクチンを打つと罹らない」とか「ワクチンで重症化が防げる」といった世論が形成されてしまった。そこで本稿では、ワクチンの効果はどのようにして判定するのか、なぜワクチンが必要なのかということについて論じてみたい。

 豚由来のAH1N1インフルエンザウイルスは流行を始めてまだ間もない。このウイルスについて人類はどれだけのことを知っているのだろうか。人為的に捲かれたものではなく、自然発生的なウイルスであること、今のところ病原性は通常のインフルエンザと大差ないこと、若年層が罹りやすい、くらいのものである。ワクチンの効果にしても本当のところは誰も知らないのである。

 それでは、ワクチンの効果とはどうやって判定するのであろうか。ワクチンの有効性についての議論は近代疫学の歴史とともにあるといってよいだろう。疫学とは「因果関係のあるなしを調べる」学問であるが、「ワクチンの導入により、病気の発生が少なくなった」ことを立証することが近代疫学モデルの代表といってもよいのではないだろうか。

 公衆衛生とは、個々人の健康問題にフォーカスをあてるのではなく、国民全体あるいは地球上の人間に視点を当てることを第一義とするが、疫学は公衆衛生を論じるのになくてはならない学問である。なぜならば、公衆衛生とは厚生行政そのものであり、厚生行政の運営に際して科学的根拠を与えるのが疫学研究だからである。それ故、疫学とは人間の大集団を研究対象とする。

 ワクチンの評価モデルとして確立されたのは結核ワクチンについての研究だった。結核はエジプトのミイラからも発見されている、人類と一番付き合いの長い感染症である。近代疫学は19世紀から20世紀にかけて花開いたが、世界のトップをゆくハーバード大学、ジョンズ・ホプキンズ大学に公衆衛生大学院はこの時期に設立された。公衆衛生大学院は結核対策のエビデンスを政府に提供するためにつくられたのである。


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