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我が国の小児医療の行く末を憂う
森臨太郎(小児科医、東大大学院医学系研究科国際保健政策学准教授)

2009/12/14

小児の救急現場が危ない、という声が上がってからしばらく経つ。国民の、医療を含めた現状への不満から、政権交代が起きた。今日本中の国民と、世界の市民が、「日本はこれからどうなるか」ということを静かに見守っている。

 医療の現場からさまざまな声が上がる中、小児医療の現場からの声はあまり聞こえない。新型インフルエンザの流行で、ただでさえ疲弊していた小児医療の現場は、大ピンチの状況である。インフルエンザ関連の数々の失策もあってさらに疲弊している多くの小児科医は、「声を上げる」時間もない。

日本小児科学会の調査では、小児科医の6割以上が週10時間以上の時間外労働をしており、全年代の小児科医の半分近くが過労死認定基準である月80時間以上の時間外労働をしている。また30歳代の小児科医の9割が、労働環境を改善すべきレベルの疲労度を感じている。ちなみにNHKの調査では、週10時間以上の時間外労働をしているのは、一般の勤め人でも約2割程度である。心やさしい小児科医は黙々と身を粉にして働けば済むかもしれないが、こんな状態で診てもらう子どもたちにとっては危険すぎてたまったものではない。

 医師が足りない、足りない、と叫ぶだけでは、医療現場は改善しない。単純な比較はできないが、英国の小児(19歳未満=英国の小児科医が診る年齢層)人口10万人あたりの小児科医数29.2人は日本の小児(15歳未満=日本の小児科医が診る年齢層)人口10万人あたりの病院勤務小児科医数36.6人に比べて少ない。(英国では一次医療は小児であっても一般家庭医の範囲であるため、より公正な比較のために「病院勤務小児科医数」とした。)ただ、小児科は女性の比率が高い科でもあり、実際に週40時間の労働をしている小児科医数はもっと少ない。

 しかしながら、顕著な違いは、病院の数である。日本の小児科標榜病院数は3528病院と報告されているが、英国では全国で204病院しかない。このため1病院あたりの小児科勤務医数では、日本の1.8人に比べ、英国では20.8人と10倍以上である。

 完全に統制的に医療が提供されている英国と、国民皆保険という以外は比較的自由な医療体制を持つ日本では単純な比較はできないものの、ひとつの病院に2人しか小児科医がいない場合と、20人以上いる場合では、たとえ仕事量が違うとしても、疲労度や労働時間はあまりに違う。現に、欧州憲法を批准したために、英国の医師は週48時間労働が基本(でありほぼ現実)となっている。

 すなわち日本の小児医療においては大都市を中心に小規模な病院が乱立していることも、医療崩壊を招いている背景にある。これは小児科医が疲弊したり、診てもらう子どもたちにとって危険であったり、という問題だけではない。国民の「血税」に近い存在である社会保険料や税金からの医療費が無駄なく使われているか、という問題もある。

 ただ、もっと大きな問題は、病院が小規模であるために成人では必要のない小児医療のための設備が充実されないことと、そして同じく小規模であるために医療レベルも担保できないこともある、ということである。

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