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英国国会の選挙と医療政策の近況(上)
竹之下泰志

2010/06/23

米国ブラウン大学政治学科卒業、フランス国立パリ政経学院セルティフィカ課程修了。専門は政策立案過程。2006年より英国で英国保健省、NHS、自治体に対し医療政策、保険者機能の強化、医療計画、公衆衛生、地域連携などについてコンサルティングを行う傍ら、個人的に英国の医療制度、政策を研究している。著書に『公平・無料・国営を貫く英国の医療改革』(集英社新書、共著)がある。

 本レポートでは、英国医療改革の現状と5月上旬に行われた国会の選挙の影響について、英国で医療関係の仕事をしている立場から見聞きしたこと、感じたことを中心に報告させて頂きます。

 英国でも2008年秋以降の税収減により、医療費の抑制が議論されています。まず、保健省が全国の保険者と協力して、医療費が頭打ち(インフレを考慮すると実質15%減)になるという前提のもとに、どのような医療の効率化が図れるかという点から、効果の疑問視される医療行為の自粛、コストが高いとされる急性期病院からプライマリケアへの医療の移管(例:簡単な手術、リハビリなど)、入院期間短縮の徹底と在宅看護の活用などを進めています。

 特に、興味深いのは、2次医療と1次医療を垂直統合して提供するというIntegrated Care Organisationと呼ばれる業態の実験を行っている点です。全国の急性期病院でも、あくまでも仮定の話ですが、診療報酬(価格)が実質1割強下がり、また、症例数(量)も数割下がった場合でも、十分な質を提供し、経済的にも成り立つ医療提供体制とはいかにあるべきかという議論が活発に行われています。各医療機関とも生産性の改善、無駄の排除や、近隣医療機関との連携、統廃合の検討を進めています。

 さて、ご存知のとおり、英国では国会(House of Commons)の選挙が5月6日に行われました。

 今回の選挙の争点は、財政赤字の中、増大した公共支出を維持するか、削減するかという点で、これまでの「大きな政府」型の政策を踏襲しつつ財政難を増税と公共支出のより効果的な活用で乗り切ろうとする労働党に対して、最大野党の保守党が「小さな政府」を主張して政権交代を目指しました。

 今年初めまでは、ブレア首相が97年に政権をとってから13年間続いた労働党政権に対する倦怠感と、直近の経済状況の悪さなどから、野党の保守党が圧勝する形勢でした。しかし、終盤になって労働党も国民の間に根強い「博愛」の考え方に支えられ、粘り強さをみせました。

 また、これまで存在感の無かった第2野党の自由民主党が「既存の政治との決別」を訴え、党首の個人的な人気にも支えられて世論調査で30%前後の支持率を得る様になり、投票日直前までは、保守党、労働、自民三党の三つ巴の戦いになりました。

 このような歴史的な接戦で、財政、医療、移民政策など様々な点で踏み込んだ議論が展開されました。医療に関しては、世論調査によると今回の選挙で医療は有権者の間では経済課題に続いて第2位の優先課題でした。国民にとって医療は自分の生活に直結するテーマであり、これまでの改革で改善はみられるものの今後の行方についてはまだまだ不安というのが、医療が優先テーマの第2位にあげられた理由だと思われます。

 ご存知のとおり、労働党政権は医療改革を最重要政策のひとつに取り上げ、2001年からこれまでの間に国民医療費を5割以上引き上げ、医療従事者の増員や設備投資を積極的に進めました。同時に保険者強化、出来高払い制の導入、NICEに代表されるコスト効果の視点も入れた医療の標準化など、制度面での改革を実行しています。

 その結果、様々な世論調査では、国民の医療に対する満足度は、高まっているという結果が出ています。実際、労働党は、医療政策の成功を国民に積極的にアピールしました。例えば、労働党は今回の選挙のマニフェストの発表を最近新しく完成した公立病院で行いました。

 但し、この満足度が政権への支持につながっているかというと、政府は寧ろ、日々勃発する医療関係の様々なスキャンダルに対して受身の対応を迫られ、十分な評価を得られなかったというのが現実ではないでしょうか。このあたりに医療政策の難しさがみてとれます。

 このような状況も手伝ってか、今回の選挙では、各党とも、医療で積極的に票を採りにいくというよりも、国民や医療従事者に不安を与えないよう、無難に取り扱おうという姿勢だったように感じます。

 医療に関する各党の医療面でのマニフェスト、提言を比較すると幾つかの興味深い点が浮かび上がってきます。

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