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英国国会の選挙と医療政策の近況(下)
竹之下泰志

2010/06/24

米国ブラウン大学政治学科卒業、フランス国立パリ政経学院セルティフィカ課程修了。専門は政策立案過程。2006年より英国で英国保健省、NHS、自治体に対して、医療政策、保険者機能の強化、医療計画、公衆衛生、地域連携などについてコンサルティングを行う傍ら、個人的に英国の医療制度、政策を研究している。著書に『公平・無料・国営を貫く英国の医療改革』(集英社新書、共著)がある。

 本レポートでは、英国の新政権の医療政策について説明させて頂きます。

連立政権
 前回ご報告させて頂いた通り、英国では5月に行われた国会(House of Commons)選挙の結果、保守党と自民党の連立政権が立ち上がりました。

 保守党は、個人の責任を重視し、小さな政府を目指しています。自民党は、思想的には中道左派から左派で、保守党とは異なる考え方を持っています。このため、両党の公約は多くの部分で異なっており、連立政権を組むにあたっては、そのすり合わせが大きな課題となりました。

 選挙後5日間、混沌とした状況の中で保守党と自民党の連立政権樹立の交渉が行われましたが、この短い期間に、両党の公約の違いを越えて連立政権がどのような政策を実行していくかが決められました。

 具体的には保守党、自民党双方が、財政、医療、社会保障、移民など争点となっていた政策分野で、お互いのマニフェストを比較し、具体的な公約の一つ一つを採択するかしないかを決め、発表するという方法がとられました。まず、お互いの政策が重なっている部分が採択され、その上で意見が分かれた政策についてどちらの政策をとるか、もしくはどちらもとらないかが決められました。

 連立政権の政策は、基本的には、現在英国にとって最大の課題である財政の立て直しと経済の回復が中心の内容となっています。メディアの中には、「打算的な結婚を維持するための婚前契約」だと斜に構える論調もありましたが、個人的にはその意思決定の早さと、その内容の判り易さに驚かされました。

医療政策
 医療分野に関しては、患者の主体性と自律的に改善する医療制度というコンセプトのもとに、以下の6つの大きな方向性が打ち出されています。

1)患者主体
 患者個人の主体性の尊重と責任を重視する。具体的な政策としては、医療サービスの質に関する情報の開示を進め、個人の判断を助ける。保険者・かかりつけ医・医療機関を自由に選択できるようにする。受ける医療サービスの内容を患者自らメニューの中から選ぶことのできる「個人予算」制度を拡大する。

2)保健衛生の改善
個人の責任という観点から、国民一人ひとりの健康の増進に着目しています。具体的には、喫煙・アルコールの過剰摂取・肥満・性病などの問題への対応ため、国民医療費の4%をパブリックヘルス(公衆衛生)に充てるとしています。

3)医療システムの自律性の強化
 患者:患者が、かかりつけ医、病院など全ての医療提供者と保険者を複数の選択肢から選ぶことができる様にする。その為に必要な医療の質に関する情報の開示を進める。

 医療提供者:病院の経営の自由度を高めるため、全てのNHS病院をファウンデーショントラスト(Foundation Trust)と呼ばれる独立行政法人とし、お互いに競争させる。また、医療機関に関する規制は、競争と経営の質の管理を行うMonitor(モニター)と医療の質、サービスとリスクの管理を行うHealthcare Commission(ヘルスケアコミッション)の2つの独立行政法人に集約する。

4)かかりつけ医による医療費の管理
 かかりつけ医が患者の医療全体にかかるコスト(プライマリケアだけではなく、2次、3次医療も含めて)に責任を持つ仕組みを導入することにより、予防や慢性疾患の管理の改善、紹介の適正化などをはかる。

 これにより、かかりつけ医が実質的には、保険者機能を担うことになるが、その為に必要な機能を育成するため、かかりつけ医の統合、規模の拡大をはかる(規模の目安としては、GPクラスター(GP Cluster)と呼ばれるかかりつけ医組織一つあたり5万人以上の患者を受け持つ)。

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