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予測された子どもの死と心臓移植

2010/07/22
堀越裕歩

 2009年、私が勤務するトロント小児病院臓器移植関連の事件が起こり、カナダ中のメディアをにぎわせました。当時は、病院前に取材の車が連日のように押し寄せ、センセーショナルな報道が続きました。

 主人公の一人は、先天性脳幹機能不全で中枢性呼吸障害のため、挿管されて人工呼吸管理されていた患児でした。生命予後は厳しいと思われ、親からDNRDo Not Resuscitate)の承諾を取り付けてありました。これは、現代医学の下で治療を継続しても予後が厳しい患者(慢性疾患を抱えていることが多い)に対して、侵襲的な処置で苦しむことがないように蘇生措置などを施さない旨、文書であらかじめ同意を得るものです。

 日本ではなじみの薄いWithdrawal of Care(治療の差し控え)も行われました。すなわち、抜管して人工呼吸器を外し、患者の生命力に任せるということです。カナダでは、生命予後の悪い患者について、いたずらな延命治療を回避することがよくあります。ですから、ここまではさほど珍しい話ではなかったのです。

この子の心臓、あの子にあげる
 問題はここからでした。この患児の親が、同じトロント小児病院に入院中の、ある特定の患児(心臓移植でしか助からない状態でした)に対して、自分の子どもの心臓を提供する意向を表明したのです。これは移植医療システムの根本を揺るがす大事件でした。

 通常、移植における公平性は、第三者機関が医学的に必要度の高い患者(レシピエント)から順番で待機リストに掲載し、それに従って臓器を割り振ることで保っています。患児の家族同士が直接連絡で決めてしまうというのは前代未聞のことでした。

 新聞やテレビ、インターネットにご家族が登場して話した内容がそのまま流され、報道は加熱していきました。トロント小児病院のような大きな病院ではメディア対応を統括する広報部門があるのですが、それでも報道の様子を見る限り、このときばかりは制御しきれていない印象でした。

 余命少ないわが子の心臓を、自分たちが望む子どもに提供して助けてあげたい――。確かに美談ではありますが、移植臓器分配システムの公平性維持という命題とは全く相容れないことも確かです。このケースではなかったでしょうが、臓器のやり取りに金銭が絡んでくる事態に至る可能性も否定できないことになります。

著者プロフィール

堀越 裕歩

トロント小児病院 小児科感染症部門・クリニカルフェロー

2001年昭和大学医学部卒業。沖縄県立中部病院(インターン、小児科レジデント)、カンボジアの小児病院で医療ボランティア、国立成育医療センターの総合診療部等を経て、2008年7月より現職。東南アジアにおける小児国際医療協力・研究、新潟県中越地震の際の緊急支援などに従事。趣味は、スノーボード、野球とサッカー観戦。トロントでもフットサルで活躍中。

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