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このままでいいのか「医学部大量留年」問題
杉原正子(早稲田大学医療人類学研究所 客員研究員)

2010/07/27

すぎはら まさこ○日本アイ・ビー・エム(株)にてシステムズエンジニア(SE)として5年半勤務した後、米国ハーバード大学大学院比較文学科留学を経て、東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。2010年3月、山梨大学医学部卒業。2010年5月より現職。

 最近、一部の医学部で卒業留年、つまり、6年生の3月に卒業できずに再度6年生になる留年者が増加する傾向にあり、医学生の間に不安が広がっている。医学部の留年を話題にすると、「昔からあった」「学生が不勉強なのではないか」などという反応が返ってくることがあるが、例えば私立A大学医学部の2009年3 月の卒業予定者129人のうち、実に43人が卒業できなかったと言えば、事の重大さを分かっていただけるのではないだろうか。

 これほどではないにせよ、私立大学の医学部では卒業できない6年生が二桁であることは珍しいことではない。また、残念ながら、留年の基準や理由も不透明であり、大学によってまちまちであるのが現状である。

大量の卒業留年者を出すのは補助金が目的
 実は、医学部が卒業者数を制限しようと躍起になる背景には、特に私学の場合、医師国家試験の「合格率」が一定の条件を満たさないと、国からの補助金がカットされるという事実がある。大学は留年生を出すことで、「合格率」が上がるので補助金を守ることができ、授業料も余分に入るので、経営的にはプラスになる。

 文部科学省の高等教育局私学部私学助成課によれば、私立の医学部・歯学部の補助金のカットのルールは、以下のようになっている。基本的には、当該年度の前年度末に卒業し、初めて医師・歯科医師国家試験を受験する者の合格率(以下「当該年度合格率」という。)が70%未満の大学は、国からの特別補助のうち、「大学院教育研究高度化支援メニュー群(研究支援分は除く)」の増額措置がカットされる〔1〕。ただし、当該年度合格率が70%未満であっても、当該年度を含む過去3年度の平均合格率が70%以上の場合はこの限りではない。

 条件を満たさない場合にカットされる金額については、学科でなく大学単位でしか公表されていないため、単科の医科大学に注目してみると、2008年度の該当額が最も多いのは日本医科大学の約6億5000万円(補助金全体の13.5%)、最少は愛知医科大学の約8600万円となっている〔2〕。

 留年、特に卒業留年については、「何度受けても医師国家試験に受からない卒業生を最小限にする教育的配慮による」、あるいは、「能力の低い医師は社会に送り出せない」などの意見もある。もちろん、大学や学生によっては、留年という処置が適切な場合もあるだろう。しかし、大学側が必ずしも医学生自身や社会のためではなく、補助金を念頭に置いて学生の評価を決定していることは、卒業判定保留制度なるものの存在からも明らかである。

 医学部の6年生は事前に卒業が決定しないと卒業直前の2月の医師国家試験を受験できないが、卒業判定保留制度とは、その学生が受けるはずだった医師国家試験の終了後に卒業を認めるという、つまりは医師国家試験を受けさせないための制度である。

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