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地球に優しい「エコ医療」を目指して
東京慈恵会医科大学外科学講座・消化器外科 保谷芳行、岡本友好、矢永勝彦

2010/08/18

1.医療現場におけるecologyの現状
 世界各地で異常気象が多発する中、地球温暖化防止と二酸化炭素排出削減は急務と考える。トヨタの「プリウス」のヒットに代表されるように、ビジネス界では、省エネルギーやエコロジーへの積極的な取り組みが生き残りのカギともいわれている。

 さて、そうした中、医療機関はどのようなエコロジー対策に取り組んでいるのだろうか?どの医療機関でも、エアコンの温度設定や不必要な照明の消灯、ごみの分別などには気を配っているが、そうした一般家庭でも行われているレベル以上の対策まで手がけているケースは少ないだろう。

 エコロジーの基本概念は 3R(Reuse=再利用、 Reduce=減量、Recycle=再生)といわれている。ところが医療機関は、3Rに関しては“劣等生”だ。例えば、人件費削減と感染防御を主目的として、使い捨て(ディスポーザブル)製品を使用することが非常に多い。また、医療機器メーカーもディスポーザブル製品に力を入れている。医療機関には患者の安全を守るという大前提があり、他業界と比べて3Rが実践し難い環境にある。

 しかし、すべての医療機器を使い捨てにすると、感染防御効果は高まり、コストは削減できるだろうが、地球温暖化には悪影響だ。問題の一面のみを捉えた解決策は、他の問題を悪化させる可能性がある。病院経営、医療安全、そしてエコロジーなど、多くの視点を踏まえた上でのバランスの良い対策が望まれる。

2.「採血器具使いまわし事件」の本質
 2008年5月、島根県の診療所が血糖値測定用の針付き採血器具(微量採血用穿刺器具)を約1カ月間で計37人の患者に対して使い回し、肝炎患者が発生していたという事件が報道された。

 採血器具とは、採血針と、キャップなどの周辺器材との2つを合わせた呼称であり、今回のような感染問題の所在を考える上では、これらを分けて考える必要がある。微量採血用穿刺器具には、
(1)器具全体がディスポーザブルの製品
(2)穿刺針並びに針の周辺部分がディスポーザブルの製品
(3)穿刺針は交換するが、穿刺針の周辺はディスポーザブルではない製品
の3タイプがあり、個別の感染対策が必要となる。 

 2005~2006年に英国では、感染原因は不明であるが、針を交換したにもかかわらず、上記(3)タイプの採血用穿刺器具の使い回しにより、B型肝炎への感染が2例報告された[1]

 イギリスの事例を受けて、厚生労働省は2006年3月、(3)タイプの取り扱いについて、血液が針周辺のキャップに付着する恐れがあるため、針だけでなくキャップも使い回さないよう通知している[2]。また、添付文書においても、複数人への使用は禁じられている。

 さらに、一般採血時に使われ、針を通して「ホルダー」内の筒の中に血液を吸引するタイプの器具(真空採血管ホルダー)に対しても、同省は感染のリスクは極めて低いとしながらも、「針を交換しても、皮膚に直接触れる周辺のホルダー部分を取り換えないと、付着した血液から感染する可能性は否定できない」として、ホルダーを使い回さないよう通知している。    

 一方、日本感染症学会は「微量採血用穿刺器具のキャップ等周辺器材は適切な消毒を行えば、感染のリスクはゼロに近いと考えられる」としている[3]。また、わが国を含めて真空採血管ホルダーによる感染は過去に報告がない。さらに2004 年2 月、日本環境感染学会、日本感染症学会、国立大学病院検査部会議、日本臨床衛生検査技師会、国立大学病院感染対策協議会の合同で公表された「真空採血管を用いた採血業務に関する安全指針(Ver 2.05)」では、「適切な採血方法を実施した場合、ホルダーの汚染を介した感染のリスクは極めて低い」と結論付けている[4]

 無論、針自体の使い回しは言語道断である。しかし、消毒可能で感染の危険が考え難い周辺機器までも使い捨てる必要はあるのだろうか?

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