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出産育児一時金制度に対する法律上の疑義
井上清成(井上法律事務所 弁護士)

2010/08/27

1.直接支払制度の審議
 7月14日、社会保障審議会医療保険部会で、「2011年度以降の出産育児一時金制度について」の第1回目の審議が行われた。審議時間が1時間程度に制限されていたため、同日の審議では各委員が一通りの意見を述べたにとどまる。筆者もその専門委員に任命された。一応の意見は述べたが、時間が限られていたため、十分な法律論の講釈はできなかった。

 ただ、その審議の中で感じざるを得なかったことがある。それは、現行の出産育児一時金直接支払制度に関する法律上の疑義に対して、厚生労働省保険局の意識は必ずしも高くないという現実であった。

2.法律上の疑義
 現行の出産育児一時金直接支払制度には、健康保険法に照らして、多くの法律上の疑義がある。例えば、「直接支払制度によって妊産婦は手持ち資金なしでお産ができる。便利な制度である」といった勘違いが横行している。これなどは疑義の代表例であろう。

 こうした勘違いの大前提として、「出産育児一時金は出産後退院前にはまだ支給されないので、分娩費用を妊婦自ら用意せざるを得ない」という認識がある。このため、「直接支払制度は、出産育児一時金を分娩機関に直接に支払ってくれる。手持ち資金なしでお産ができるから良い制度だ」となる。

 しかし、健康保険法が「出産育児一時金の支給は出産後即時にすべきだ」と定めているとすれば、認識と評価の大前提は崩れ去る。つまり、直接支払制度は健康保険法違反の大前提の上に構築されていることになってしまう。「存在自体が違法な制度」とさえ評し得るものかもしれない。

3.出産即時払い請求の設例
 一つの設例を挙げてみよう。

 仮に、妊娠4カ月以上の妊婦が、通っている産科診療所に妊娠4カ月以上である旨の診断書を発行してもらい、妊婦の加入している健康保険組合(保険者)に対し、出産予定日(見込み)を示して、「出産したら即日または翌日に出産育児一時金39万円を支払ってもらいたい」と請求したとする。

 その妊婦が出産予定日ごろに無事に出産したので、分娩をした産科診療所に、出産した旨の事実を健康保険組合に対して通知してもらい、併せて産婦も健康保険組合に39万円の即時支払いを要求した。ところが、健康保険組合は通常の支払サイトが1カ月後なので、その産婦に1カ月後に39万円を支払ったとする。

 この場合、産婦は、39万円の支払いが1カ月遅れたことの利息(遅延損害金という)として、年5%の割合での1カ月分の遅延損害金1600円(概算)を健康保険組合に請求できるであろうか。つまり、健康保険組合は事務上の都合によるやむを得ない遅延だったといえども、遅延損害金1600円を産婦に支払わねばならないのか──という設例である。

4.健康保険法の定め

 健康保険法の明文は多くない。出産育児一時金の基本条文は第101条であり、<被保険者が出産したときは、出産育児一時金として、政令で定める金額を支給する>と定めるのみである。「被保険者が出産したときは」としか定めていない。

 また、第56条第1項も、<……出産育児一時金……の支給は、その都度、行わなければならない>と定めるのみである。これら以外に支給時期にかかわりのありそうな条文は見当たらない。となれば、あとは民法の一般原則や条文を用いるほかあるまい。

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