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【国際モダンホスピタルショウ2010】米国の医療ITは日本より進んでいるのか

2010/08/03
増田克善

 ホスピタルショウでは数々のカンファレンスやセミナーが連日開催されたが、海外の医療ITの現状を知ることができるのもホスピタルショウならでは。そうしたセミナーの中で、久留米大学病院情報システム室の下川忠弘氏による講演と米インターシステムズのダン・オドネル(Dan O’Donnell)氏の講演を紹介する。


●HIMSS2010に見る米国の臨床判断支援のシステム化

HIMSSを通じた米国の医療ITの現状を紹介する久留米大学病院情報システム室の下川忠弘氏

 出展者プレゼンテンションセミナーで講演した久留米大学の病院情報システム室係長・上級医療情報技師 下川忠弘氏は、今年3月にアトランタで開催された世界最大の医療IT展示会であるHIMSS(The Healthcare Information and Management System Society)2010の視察を通じて、米国の医療ITの現状と日本の医療機関での適用に必要な要素は何かについて意見を述べた。300を超えるセッションが行われるHIMSSだが、それらの中でも特にCDS(臨床判断支援)とHIE(医療情報交換)による医療連携にフォーカスした。

 まず、下川氏は今年のHIMSSの印象は、「ARRA(American Recovery and Reinvestment Act:米国経済再生・再投資法)一色だった」と指摘した。昨年2月に成立したARRAだが、その中でも特に医療IT化促進に焦点を当てた「HITECH法」(Health Information Technology for Economy and Clinical Health Act:経済的および臨床的健全性のための医療ITに関する法律)の具体的プログラムが動き出すことが背景にある。HIMSSの組織構成が医療ITベンダー、専門家が中心になっているだけにHITEC法は業界にとって、特需への期待は大きくなるのも当然だ。

 HITECH法では「Meaningful Use」(有意義な利用)という言葉がキーワードになっており、医療機関に与えられるインセンティブ条件の具体的な内容が保健福祉省から示されている。「2015年までに達成すべき指標があり、例えば2011年までのステージ1では医師向けオーダーエントリーシステム(CPOE)を導入し、医師であれば80%の指示をCPOE経由で出すよう求める、患者の身長・体重・BMIなどを電子的に記録する、などが事細かに明示されている。このドキュメントを読むことによって、米国の医療ITがどのような方向に進んでいくのか、あるいは政府が何を目指しているのか理解できる」という。

 これらの内容と合わせて、米国におけるCPOEや看護師向けのフローシートなどのIT化状況を見ると、「医事会計業務の低減からオーダリング、電子カルテへと進んできた日本の医療ITと米国の進展の仕方は全く異なるため一様に比較できないが、米国の医療IT化が日本より大きく進んでいると思われがちだが、実際はさほどでもない」と指摘。なかでもCDSに関しては、「多くの臨床データから人工知能のような高度な技術を使って判断支援するようなイメージだが、米国のCDSの現状は単純に薬の禁忌やアレルギーのチェックなど処方せんチェックをシステムで実施している程度のレベル」だという。

 ただ、HIMSSのCDSに関するセッションを概観すると、臨床判断のためのデータ蓄積の方向性、解析可能なデータとしての蓄積と活用のための仕組みなどが垣間見られると述べる。それは、「CDSとBI(ビジネスインテリジェンス)、CDSとDWH(データウエアハウス)という括りで多くのセッションが展開されていることから理解できる」とした。

●日本では症例分析や研究のため、米国は臨床に活用する動き

臨床現場でDWHを活用する際の日本と米国の考え方の相違(下川氏講演資料から作成)

 下川氏はCDSとDWHの関係について、現時点では米国と日本では考え方が異なるのではないかという。「日本では、症例を蓄積・抽出して二次的に利用するのは、後々の症例の分析や教育研究のための二次的活用を重視していると感じている。それに対し米国では、実際の患者の臨床的判断にDWHで抽出したデータを積極的に利用していこうという動きがある」。

 つまり、日本では電子カルテシステムや部門システムから収集されたデータがDWHに蓄積され、分析したデータをEHRや地域医療などに活用するなど、情報の流れが片方向にある。一方、米国ではそうした片方向の流れに加えて、DWHに蓄積されたデータからエビデンスを確立し、リアルタイムに電子カルテシステムにフィードバックして臨床判断に利用する、あるいは臨床ポータルとして見せるという考えが重要視されていると強調した。

 こうしたCDSとDWHの考え方を日本の医療情報システムにどう適用するかという点について、久留米大学の次期医療情報システムのシステム構想を紹介した。大学付属病院と医療センターで発生するデータをすべてBPM(ビジネスプロセスマネージャー)システムに流し込み、そこからクリニカルデータリポジトリ(DWH)に蓄積。それをデータの二次利用や電子カルテの参照系として活用することと、「Patient Data Portal/Clinical Decision Support System」という情報集約・支援の仕組みを構築しようというもの。「次期システムの実現時期は明確でないが、パッケージを組み合わせて作り込めるのではと考えている」と述べた。

 また、もう1つのテーマとした医療情報交換をベースにした医療連携については、事例数が日本に比べて圧倒的に多いが、内容的には日本と大差はないと指摘。その上で、「日本の地域医療連携は実証事業として展開しているが、補助金がなくなった時点で立ち消えになった実証事業があまりに多い。地域医療再生基金によって、かつてない予算が組まれたが、事業継続していくためのベースとして多くの病院が参加できるようになるまで、さらにインセンティブが必要ではないか」と語った。

●日本の医療ITは米国に比べて遅れているわけではない

米インターシステムズのダン・オドネル氏

 これとは別に海外の医療ITについて触れたのが、インターシステムズのシニア・アドバイザーで、医師の資格を持つダン・オドネル氏である。インターシステムズは、1978年に設立された米国に本社を置く企業で、世界23カ国に拠点を展開し医療業界で大きなシェアを持つ製品を抱える。代表的な製品には、医療用データベースのInterSystems Caché、医療業界向けの統合開発プラットフォーム Ensemble、BI(Business Intelligence)用ソフトウエアDeepSee、医療情報交換システム向けソフトウエアプラットフォームHealthShare、Webベースの医療情報ソリューションTrakCareがある。

 オドネル氏は、同社の製品に関する分析をしつつ、世界各地での同社の実績にも触れた。内容は以下の通り。(1)英国スコットランドのロージアン地域でTrakCareを導入、患者単位で医療・診療情報を管理し複数の病院で閲覧できる、(2)タイ全土の13カ所の病院でTrakCareを導入し患者情報を完全に統合している、(3)スウェーデンではHealthShareを導入し、全国規模でEHR(電子診療記録)を閲覧できる、(4)ブラジルのブラジリア州でTrakCareを導入、患者単位での医療情報を閲覧できる、(5)英国イングランドでEnsembleを統合プラットフォームに採用し、全土のほぼ3分の2で医療情報を交換・閲覧できるようになった――などである。

 スピーチの最後の質疑応答で、会場から「米国では医療情報の統合、医療機関の連携が日本より進んでいると思うのだが、実際の状況はどうなのか」という質問があった。オドネル氏は「米国が日本より進んでいる、ということはない。米国には3億人を超える人口があって、55の地域別医療情報サービス機関がある。その中で、実際に診療データをやり取りしているところは少ない。大手の医療機関・組織が、今やっと情報集約を始めたところだ。診療情報で実際に電子的に処理されているのは、10%より遙かに少ないだろう。日本では紙ベースの情報でも、きちんと一定の項目に従って記録されているので、電子化するのは日本の方が楽に思える。結論としては、日本が遅れているわけではない」と答えた。

(増田克善=日経メディカルオンライン委嘱ライター、本間康裕=医療とIT 企画編集)

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