国際モダンホスピタルショウ2010では、カンファレンスも開催された。その中から「病院IT化のすべて」と題した国立成育医療研究センター医療情報室長 山野辺裕二氏と、「医療情報システム刷新の要諦」と題した帝京大学の本部情報システム部部長 澤智博氏の講演をレポートする。
●病院情報システム、基盤情報システム、施設・設備情報システムへとIT化は進展---山野辺氏
国立成育医療研究センターの医療情報室長である山野辺裕二氏は、病院のIT化の範囲が従来の病院情報システムから、基盤情報システム、さらには施設・設備システムなど「電気を使うものすべて」に拡大する状況下で、各システムの融合と新技術への対応の重要性を語った。
山野辺氏は、まず一般的に医療情報と呼ばれるものの範囲を明示した。「医療情報といわれるものには、診療録や診療に関する諸記録、それらを含み医療者が知り得た情報として診療情報、さらに関係するすべての情報を含む診療関連情報などがある。それらのほとんどは、医師法や医療法、個人情報保護法、e-文書法などに基づいて管理される必要がある」(山野辺氏)。
一方で、広義の電子カルテシステムでは、診療記録だけでなくさまざまなレベルの情報が集められて区別がはっきりしなくなっているため、「電子カルテの3原則だけでは、近年制定された法律に基づく運用をする際には不十分になりつつある」と指摘。それに加え、実際の医療現場での運用性を考えると、「これからは、e-文章法の『見読性』『完全性』『機密性』『検索性』(文書の電磁的保存に関する4要件)を『電子カルテの4原則』と呼ぶべきではないか」と提案した。
続いて、こうした医療情報システムの原則を踏襲し、情報の活用性向上を目指して整備してきた成育医療研究センターの変遷について述べた。同センターが2002年に構築した病院情報システムは、電子カルテシステムを基幹システムとして据え、部門システムの情報などすべての情報を電子カルテシステムに集約、情報の後利用のため電子カルテシステムのデータの一部をデータベースに蓄積する構成を採用した。しかしその後、多くの病院情報システムに見られるように、情報は電子カルテで参照できるように集約するものの、データそのものは部門システムに置く構成にした。
この方法は、情報開示や検索において課題があったという。現在のシステムは、データの二次利用の需要が高まったことに対応し、電子カルテシステムと部門システムのデータをPACS、ECM(Enterprise Content Management)、EDR(Enterprise Data Repository)の各システムにデータタイプごとに集約し、一元的な長期保管・検索システムを構成している。
これら病院の基幹業務を担う病院情報システムに対し、経営・会計・物流系と電子メール、グループウエア、電話など情報系システムを、山野辺氏は基盤情報システムと呼び、現在さまざまな試みを行っている。「特に最近、実証事件を行っているのが、ユニファイドコミュニケーション。パソコンで電話をかける、パソコンと院内PHSに同時に着信させる、留守録がメールの添付ファイルで届く、携帯端末によるプレゼンス確認やインスタントメッセージ通信ができる、ということが医療スタッフにどのような効果をもたらすか探っている」とし、成育医療研究センターで整備しつつあるコミュニケーション基盤を、動画を交えながら紹介した。
続いて山野辺氏は、病院情報システム、基盤情報システムに続く第3の情報システムとして、施設・設備情報システムを挙げた。成育医療研究センターでは、職員証ICカードによる施錠管理、人感センサー制御による照明設備などをすでにコンピュータ化している。「法令に対応して二酸化炭素排出量の報告を行う際に、施設・設備システムがIT化されないと算出は非常に困難。環境対策からも設備インフラを情報システムに取り込む必要があると感じている」山野辺氏は述べた。
●プライベートクラウドは利用可能だが時期尚早
IT化で重要な点は、病院情報システムと基盤情報システム、病院システムと施設・設備システムなど各システムを融合させること、さらに新技術への対応も常に考えていくことだ、という山野辺氏。各システムの融合については、「例えば、基盤グループウエアと病院情報システムが統合されると、手術予約システムで予約管理をする際にグループウエアによる医師の学会出張予定と付き合わせることができれば、効率の良い手術予定計画が可能になる。また、ナースコールシステムと無線IP電話やスマートフォンがつながると、看護師が患者と会話した内容を録音して、コール記録とカルテ記録の並記や、着信履歴から電子カルテ画面を開くことが可能になる」とシステム連携の有効性を強調した。
さらに、病院情報システムと施設・設備システムが連携すれば、救急車の搬送情報に合わせてエレベータを待機させたり、部屋を暖めたりできる。あるいは患者の入院していない部屋の空調や照明、トイレの暖房便座の制御などが可能になり、省エネや環境改善に寄与できる、と語った。
一方、今後の病院IT化を占う新技術への対応として、クラウドコンピューティングと医療向け端末の多様化を取り上げた。特にクラウドコンピューティングについては、「医療情報システムの安全管理に関するガイドラインの解釈によれば、データセンターがどこにあるのかわからないパブリッククラウドに医療情報を置くことは認められない。もしクラウドを利用するにしても、国内のデータセンターに限定したプライベートクラウドになるだろう」とし、現時点では課題が多いと指摘。その上で、病院情報システムはオンプレミス運用が基本で、当面クラウドはデータバックアップや参照、非医療系通信から活用されていくのではないか、と述べた。
最後に山野辺氏は、病院におけるITガバナンスとセキュリティについて、「ガバナンスは、『手綱をどこまで締めるか、蛇口をどこまで緩めるか』のバランスが課題。安全性と利便性、患者診療記録とチーム記録、ガラパゴスとコモディティ、ガバナンスとユーザーメードなど、相反する事柄の二者択一でなく、上手な舵取りが必要」と語った。
●コンピュータの能力を発揮できる医療IT化が重要---澤氏
当日のITフォーラム後半で登壇した帝京大学本部情報システム部部長の澤智博氏は、まず従来の病院情報システムに対して、よく耳にする医療者の不満を列挙した。IT化によって「診療効率が良くなるという話だったが・・・」「研究データが豊富に蓄積されるはずだったのでは・・・」「病院経営の改善に活用できるはずだったが・・・」などなど。