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医薬品の適応外使用
井上清成(井上法律事務所 弁護士)

2010/09/09

1.ドラッグ・ラグ問題と適応外使用
 この6月から8月にかけ、中央社会保険医療協議会(中医協)や厚生労働省の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」(検討会議)で、ドラッグ・ラグ解消に向けた議論が行われた。ドラッグ・ラグ問題とは、欧米では製造・販売・使用の認められている医薬品が、日本では薬事法上の製造販売の未承認や一部の適応(用法・用量・効能・効果)未承認のゆえに、患者や医師の要望にもかかわらず健康保険の診療で使用できない、という問題である。

2.55年通知の活用の試み
 中医協ではいわゆる「55年通知」の活用が試みられた。「保険診療における医薬品の取扱いについて」と題する昭和55年9月4日付け厚生省保険局長通知のことである。そこでは「保険診療における医薬品の取扱いについては、厚生大臣が承認した効能又は効果、用法及び用量によることとされているが、有効性及び安全性の確認された医薬品(副作用報告義務期間又は再審査の終了した医薬品をいう)を薬理作用に基づいて処方した場合の取扱いについては、学術上誤りなきを期し一層の適正化を図る」とし、それに基づき一部の医薬品については適応外の使用が保険診療で認められていた。この取扱いを普遍的に拡大しようとする試みである。

 しかし、その通知は、あくまでも再審査期間(通常は8~10年)終了後の医薬品の適応外使用に限定されていた。そのため、早期の適応外使用の拡大にはつながらない。結局、中医協としても、通知活用の試みを断念した。他の方策を模索していくらしい。

3.公知申請の活用の試み
 他方、検討会議ではいわゆる「公知申請」の活用が試みられた。もともとは「適応外使用に係る医療用医薬品の取扱いについて」と題する平成11年2月1日付け医薬安全局審査管理課長・健康政策局研究開発振興課長通知のことである。そこでは「臨床試験の全部又は一部を新たに実施することなく、当該資料により適応外使用に係る効能又は効果等が医学薬学上公知であると認められる場合には、それらを基に当該効能又は効果等の承認の可否の判断が可能であることがある」とされ、薬事法上の製造販売承認の一部変更の承認の申請を認めていた。薬事法第14条第9項の一部変更承認を弾力的に運用するものらしい。

 薬事・食品衛生審議会が公知申請のための事前の評価を開始した医薬品については、その適応外使用が保険外併用療養費制度の対象となる。当面はジェムザール注射用が卵巣癌に使用できるなど、5成分7適応が認められるらしい。ドラッグ・ラグ解消のための第1歩と評価しえよう。ただ、まだ認められる件数が少なく、抜本的なドラッグ・ラグ解消策には至っていない。

4.ドラッグ・ラグ問題の法的な元凶
 医薬品の適応外使用は、健康保険の診療における医薬品使用の問題である。しかし、健康保険の診療を規律する法律である健康保険法にも、厚生労働省令である保険医療機関及び保険医療養担当規則にも、適応外使用を禁止する明文の規定はない。適応外使用の規定が初めて登場するのは、診療報酬や薬価基準などを定める大臣告示と同じ厚生労働省告示のレベルである。厚生労働大臣の告示とそれより下位の通達である保険局長等の通知を駆使して、何としても適応外使用を禁止しようと試みているように思う。

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