私は東大の分院外科出身ですが、この医局に入ったのは、なりゆきでした。最初から学者になるつもりはなく、町医者になりたいと思っていたので、早く臨床の技を身に付けられれば、何科でもよかったのです。
インターンの夏ごろから分院の外科の医局長がしょっちゅう部屋に来るわけ。「帯津君、暇そうじゃない?」とか言って上野のネオン街につれて行かれる。そういうことが何回か続いた後、「どうだ、俺のところに来ないかい?」。何度もご馳走になっているから「それじゃ、行きますよ」と。
3年目から学位論文を作り始めますが、私は食道癌をテーマに選びました。食道癌は当時、手術が非常に難しく、成績も悪かった。それを少しでも易しくて成績を上げる努力をするのも悪くないなと思ったのです。
40歳の時、駒込病院が新築して癌治療に力を入れて再出発するタイミングで、声が掛かった。そのころは大学病院よりも駒込病院の方が建物も立派で新しい医療機器もそろっていました。駒込では意気軒昂として食道癌の手術に明け暮れました。
一生懸命やっていると、食道癌の手術もだいぶ進歩してきて、術後の合併症も少なくなってきた。ところが、手術した患者の多くが再発して戻ってくるのです。その率が昔の悲惨な手術を余儀なくされた時代とあまり変わらない。次第に西洋医学には構造的に限界があるのではないかと思うようになりました。
西洋医学は部分を見る医学。それはもちろん重要ですが、人間は部分と部分の間にある見えないつながりで成り立っていて、それらを丸ごと診る必要があるのではないか。そういうものを取り入れたらもっと成績が良くなるのではないかと考えました。
まず思いついたのは中国医学。中国へ視察に行ってその感を強め、それを実践する病院を自分で作りました。病院を始めて間もなくホリスティック医学という概念が米国から入ってきて、志を同じくする医療関係者たちと1987年にホリスティック医学協会を設立しました。
ホリスティック医学や統合医学へ方向転換する医師は外科出身の人が意外に多い。それは外科が自然治癒力というものを一番じかに感じるからだと思います。縫合してもその糸で組織がくっつくわけではない。糸が落ちてしまう間に組織がしっかりと融合して治るわけです。これは自然治癒力ですよね。
若い医師には、西洋医学にプラスして、「命」に対して働きかける癒しも意識してほしいと思っています。そういう医療が日本の医療の主流になればいいのですが、そうなるまでにはあと何十年もかかるでしょう。
まず患者さんに対してもっと優しく接すること。最近の若い医師は優秀ですが、患者に優しくない。患者は医者の一言でひどく落ち込んだり、頭に来たりするものです。不愉快な思い、悲しい思いをすれば、免疫力が落ちるので、患者さんにそういう思いをさせないように振る舞うのは医師の基本であるはずです。(談)
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