第51回日本肺癌学会総会が11月3日、4日の2日間、広島市で開催される。大きく変わりつつある肺癌治療の最前線の研究結果が報告される。会長を務める広島大学大学院医歯薬学総合研究科教授の井内康輝氏(写真)にトレンドをうかがった。
―― 病理の先生が日本肺癌学会総会の会長を務められたことは、これまでにもあったのでしょうか。
井内 国立がんセンターにおられた下里幸雄先生が1990年に務められています。私は2人目です。病理ということもあり、「基礎と臨床の統合から築く新たな肺癌学」をテーマに掲げました。今、病理が非常に大事になってきているのです。
簡単に言ってしまうと、今までは、組織分類は小細胞癌か非小細胞癌かでよかった。つまり、小細胞癌だけ薬剤が違う、非小細胞肺癌は何をやってもそこそこである――という程度で済んでいたわけです。ところが、分子標的薬が出てきて、どういう患者に適応を絞るかということが、非常に重要になった。
現在改訂されつつある肺癌診療ガイドラインでは、ステージ別に樹形図があるという形になっています。そして樹形図の中に組織診断が入っている。例えばI期の腺癌でEGFRのmutationがある場合にはこっちへ、ない場合にはこういう方向に行こうというようになっているので、組織分類が重要なパートを占めています。
そうすると単に組織像の診断を正しくするというだけでなく、薬剤の臨床的な効果との橋渡しをやっていかなければならない。「肺癌組織分類と治療戦略の新たな展開」というプレジデンシャルシンポジウムを設定した狙いはそこにあります。
―― 癌にはheterogeneityという問題があります。
井内 特に肺癌では、場所場所で組織像ががらっと違うということがよくあります。手術してみたら全体は腺癌なんだけど、ここに小細胞癌の部分があったなんていうことは、しょっちゅうあるわけです。それが後で脳転移を起こしたなんて例が。だから肺癌は予後が悪いんですね。Heterogeneityの克服は、これから大きな課題になるでしょうね。
われわれ病理医はこれまで、ごく少量の材料から診断を付けて大丈夫なのかということを、常に議論してきたんです。そのことに対して、広く見るに越したことはないという以外の最終的な答えはありませんが、免疫組織化学的染色を判断の参考にしていく必要があるのではないか、その統一した見解を作って行かなければならないだろうと思います。
その一方で、分子レベルの変化も捉えて行かなければなりません。
病理分類、あるいは病理診断の精度を上げていく、組織型分類の精度を上げていくということに病理医はより関心を持たざるを得ないし、そのことが治療に直結するという情報が入れば入るほど、今度は違った形の分類が考えられないのかということを模索する時期に入って行くんですね。
病理医だけではもう、これからの展開は図れません。他科の協力、もっと広い範囲の知見の集約化が求められるのです。
―― もう一つのプレジデンシャルシンポジウムのテーマは「中皮腫の診断と治療の最前線」です。
井内 総会が開催される広島は、外因の明らかないくつかの特殊な肺癌があります。
まず原爆被爆。被爆者の白血病や皮膚癌は知られていますが、肺癌の相対リスクが高いのです。2つ目がマスタードガス。瀬戸内海の小さな島にあった旧陸軍の毒ガス工場の従業員は、肺癌の高リスク群です。そして3つ目が中皮腫です。瀬戸内海沿岸には造船所がたくさんあって、アスベストの危険性を知らずにどんどん使っていたわけです。
私はこうした外因がはっきりした患者さんの研究をやらせてもらってきましたが、それらの外因によってどのように肺癌や中皮腫が起こるかということを基礎的研究として行って、臨床に役立てたいと思っているんです。
例えばマスタードガスなどのアルキル化剤で生じる肺癌ではp53遺伝子のG-A transitionが、タバコによる肺癌ではp53遺伝子の異常はG-T transversionであるといったことは分かってきているんですが、こうした異常がみられる肺癌をどう治療するかというところまでは行っていない。EGFRのmutationによって肺癌になった人にはゲフィチニブが効くというように、タバコで肺癌になった人に何か方法はないのか、ということです。
原因がはっきりしたらこういう対策が立てられるといった話が、基礎と臨床のコラボレーションにつながるんじゃないかなと思っています。
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