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Faculty Developmentフェローシップで得た財産
小嶋 一 氏

2010/12/10

  • 小嶋 一 氏 Hajime Kojima, MD, MPH
  • 年齢 : 37歳
  • 現在の職業 : 医師
  • 現在の勤務先 : 医療法人渓仁会 手稲家庭医療クリニック
  • 出身大学・学部・卒業年度 : 九州大学・医学部・2000年
  • 臨床専門分野 : 家庭医療
  • +αの道に入る前の臨床経験年数 : 6年
  • +αの道に入った後の臨床経験年数 : 5年
  • +αの道に入った際の年齢 : 34歳
  • +αの道の種類 : 公衆衛生、Faculty Development

何故+αを選んだのか

 離島医療を経験し、自分の専門領域を家庭医療と定めアメリカでの臨床留学を目指した際に、帰国してから家庭医療を普及させるためにもFaculty Development (FD)を体系だって学ぶ必要があると感じていました。 管理職としても、教育者としても、リーダーとしてもどのようなことを考えながら医療に携わるべきなのかを一度きちんと学んでみたいという思いがありました。

 そもそも指導医として研修医を教えるという学問には日本では出会えませんでしたが、沖縄県立中部病院での研修を通じて医学教育や指導医養成を専門とするカリキュラムにFaculty Developmentがあることを知りました。Faculty Developmentとは文字通りFacultyを育てる・発展させるものですが、Facultyには2つの意味があります。一つは研修プログラムにおける指導医や大学の教官としてのFaculty、もう一つが研修プログラムや大学の部門としてのFacultyです。指導医を養成するという意味では教育理論から技法、実践を教えることが中心ですが、プログラムや部門を発展させるという意味では管理者としての能力の養成、学術的な発展に関する事柄等もFDでは教え込まれます。 米国の家庭医療の分野は後発の専門分野であることから教育者、リーダーの養成には熱心に取り組んでおり、FDが非常に発達していました。フェローシップも数多く存在し、門戸は狭かったが渡米前から必ずFDのフェローシップを修了してから帰国すると心に決めていました。

どのようにして+α道に入ったのか

 米国ピッツバーグ大学で家庭医療のレジデンシーを3年で修了するにあたり、2年目のときからFDフェローシップのディレクターに自分のフェローシップへの抱負などを話す機会を設けました。会議などがある際に待ち伏せして自分の自己紹介を行なったり、フェローシップが主催した教育セミナーなどに参加して積極的に発言・質問を行ない自己アピールをしました。レジデンシーのアドバイザーにも1年目からブレることなくFDフェローシップへの希望を言い続け、帰国後のビジョンについて繰り返し説明をしました。

 フェローシップは外国人に対しては狭き門ではあったが、ピッツバーグのプログラムは外国人採用の実績があっため、その先輩と連絡を取りフェローシップ側の負担を最低限にすべく努力を払いました。このような地道な努力が実って、レジデンシー終了後にFDフェローシップに入ることができました。

プラスαの道はどうであったか、何を学んだか

 FDは学べば学ぶほど奥の深い、かつ体系だって学ぶことが難しい分野であることを実感しました。それをどのように取捨選択してフェローシップにまとめ上げたのか、ディレクターの苦労は相当なものだったと思います。

 FDでは指導医として医師を教育するための理論、実践、評価方法など多角的に、かつ効率的な方法で学ぶことができました。6名の同期がおり、日々の指導を共に考え、実践し、振り返り、そしてまた改善していくというプロセスを嫌というほど繰り返しました。有名研修プログラムのケースカンファレンスで事前の準備なく提示される症例についてファシリテーターを務める病棟指導担当の時は、どのようなケースが提示されてもなんとか自分の力量だけで研修医に学びのポイントを提示し、論理的な物の考え方、問題解決の方法を提示しなくてはなりません。自分として曖昧な点もその場でいかに解決するかを示す必要があります。自分の手の内を全米からこのプログラムを目指してマッチにこぎつけた優秀な研修医たちに見せることは非常にプレッシャーの掛かることです。正直毎回このケースカンファレンスの前は逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。時には研修医から自分の知識の間違いを指摘されることもありますし、自分を指導する上級指導医から助け舟を出されてしまい情けなくなることもありました。しかし徐々に回数を重ね相手の実力がわかるに従って自分らしい指導ポイントを提示したり、上手に自分の得意な指導の形に持ち込むことができるようになります。上級指導医が定期的にフィードバックをくれますが、その中に研修医や医学生たちの直接のコメントが使用されており、自分が劣等感を持つほど優秀な研修医たちに自分の実力が認められたとわかったときには涙が出そうなほど感激し、大きな自信となりました。このような形で一歩一歩指導医としての実力と経験が増えていくのを実感する2年間でした。その過程で様々な管理職、指導専任医師としての職務、チームプレイヤーとしてのポジションの確立など、リーダーシップとフォロワーシップ、マネジメントについて常に実践を伴う形で学ぶ機会を豊富に与えていただきました。

 公衆衛生についてはフェローシップの側から提示されていたもので、もともと大学院での学位取得は意図していませんでしたが、結局これが家庭医療に非常に親和性が高く、自分の現在のポジションのバックボーンとして基礎を作っていることを感じます。家庭医は病棟や外来だけでなく、地域に出ていくことで住民全体の健康作りに関わることができます。また予防医学というのは病院医療のような急性期・入院管理だけの視点では語ることができません。そのためには公衆衛生の視点が欠かせないのです。たとえば地域の健康に対するニーズを分析し、その解決方法を地域のリソースを用いて策定する能力や、地域全体の健康増進対策というのは従来の医学部での教育では教えられてきませんでした。家庭医こそこのような公衆衛生の知識と視点を持って医療を行っていく必要があり、また家庭医としての強みが生きてくると確信できるようになりました。これはフェローシップのディレクターが鋭い視点を持って戦略的に組み込んでくれていたおかげだと思います。公衆衛生の修士を取得することで米国の大学や大学院の仕組み、日米の学位の違い(特に博士という学位の概念の違い)を実感しました。公衆衛生の分野は地域で医療を行う家庭医には必須の分野であると確信すると同時に、医療研修という枠組みでは学びきれない幅の広さと奥深さを実感しました。

現職に+αはどう生きているか、または現職が+αそのものの場合は、臨床経験が現在どう生きているか

 地域で家庭医療クリニックという拠点を作り、医師会、地域住民、医療法人や他の医療施設、行政などと連携しながら地域の医療の全体像を支える仕組みを作ることは、単に家庭医として診療するだけでは足りません。社会の枠組みを理解し、公衆衛生という視点を持って自分たちが「地域の健康」ということについてどのような位置にいるのかを理解し、適切な方法で介入を行ない、継続的なシステムを作れるかどうかはこの+αを学ばなくては達成できないように思います。少なくとも現時点で進むべき方向が見え、その方法論について途方にくれることがなくなったことだけでも学ぶ価値は十分にありました。

 自分が何をやっているのか、どこにいるのかを知らずにでたらめな方向に足を踏み出すのは非常に精神的にも辛く苦しいことですが、その苦労を背負わずに済んでいるのは自分がFDというものの存在に出会えたおかげだと思います。現在研修医を指導しながら、新しい研修と診療の現場としてクリニックを開設し院長として勤務していますが、日々の研修医指導のノウハウはもちろん、研修プログラム全体を俯瞰し、自分たちの研修プログラムの質の向上を考える上で、FDで学んできた基本が今でも役に立ちます。米国のプログラムがどのような形で発展してきたか、何が問題点でどのように解決してきたか、その歴史を学んできたことで自分たちのプログラムがどの方向に進んでいるのか理解することができます。また新規開業診療所の院長という管理職業務を同時に担うことは非常に大きな負担となりますが、管理職として必要な能力をあらかじめ概観し、米国でフェローとして予行演習を行うことで得られた経験が現在も生きていると感じます。日々の業務、診療、教育で遭遇する問題点を前にすると時に途方にくれるような思いがしますが、冷静になって分析するときにどのような問題点であってもFDで学んだ現場にその問題点と似たような問題が必ずあったことを思い出します。そしてその問題点をどうやって解決していったかを学べたことが大きな財産です。そしてその問題点に関して相談し議論できる仲間や先輩たちがたくさんいることも私の財産です。

今後どのようにキャリアを形成していくか

 現在は高度医療機関を抱える医療法人の理事としてクリニックの院長をしていますが、今後は地域の医療を支えるための機関として診療を充実させ実績を作ることが一番大切だと考えています。またクリニックの大きな役割として地域を支える家庭医を養成し輩出することが挙げられるため、そちらでも着実に成果を出していくことが必要です。また輩出する家庭医が活躍できる現場を開拓し、家庭医が健康を守るという地域での構図をどうやって継続的なシステムとして確立できるかが今後の大きなチャレンジだと考えています。これまでの受身の医療ではなく、地域に出て健康を守るという点で従来にない医療と地域の連携が実現できるようにしたいと日々考えています。そのためには家庭医療を実践するだけではなく、家庭医を養成し家庭医療発展のための基地として現在のクリニックから人材を輩出し、家庭医療が地域の医療を支えるような仕組みづくりが大切だと考え、実現を目指しています。

  

 ※「臨床+α」の詳細はこちらをご参照ください⇒http://rinsho-plus-alpha.jp/

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