日経メディカルのロゴ画像

大震災の現場から Vol.20
ドミノ倒しの瀬戸際にある相馬市の医療
原発から約40km、福島県相馬市の開業医からのリポート

2011/03/29
浜通りふれあい診療所院長 金田京子

 福島第一原発から約40km。福島県相馬市にある「浜通りふれあい診療所」の金田京子院長は、被災後、「多くの人たちに現在の窮状を知っていただきたい」と、診療活動のかたわら、知人らにメールでの情報発信を続けている。以下、その内容を金田氏ご本人の了解を得て紹介する。なお、元の文章の主旨を変えない範囲で、編集した。


3月18日金曜日
 地震後 ようやくネットがつながりました。
浜通りふれあい診療所はおかげさまで無事です。
でも、悲しいことに職員に被災者が多く、津波で家族が流されたり、自宅がなくなったり、原発の事故で避難を余儀なくされたり、ばらばらの状態です。そのため通常業務はできず、今のところ午前中は外来、午後に避難所巡りをしています。 

 地震、津波、原発と 浜通り相馬は不幸の連続です。
1週間を過ぎて、他の地区では復興への動きが始まっているのに、
相馬では、ガソリンとお薬を入手したら地元を立ち去るという人も多く、悲しい状況です。

 公立相馬病院には、自宅に戻らず不眠不休で働く医師や、津波に流されて帰る家を失っても病院内に寝泊りしてがんばっている看護師さんたちもおります。

 原発の事故も、絶え間なく起こる余震も不安ですが、避難指示が出るまでは逃げないでがんばります。 また会いましょう。


3月19日土曜日(その1)
 相馬の状況は少しずつですが改善しています。
診療所付近では、昨日電気と水道が復旧しました。

 最大のネックは 原発の問題です。
日本の政府とマスコミの情報に、相馬市民はもとより日本国民も不安を感じています。

 相馬は、大地震、津波、原発の3重苦です。
原発から40キロの距離にあり、きちんと対応すれば安全なはずなのに、 相馬市民ですら風評に踊らされ、ガソリンとお薬を調達すると子供を連れて逃げ出しています。外部からの物資の搬入や援助も、被曝(ひばく)を恐れて一番遅れています。地震からもう1週間になりますが、まだ、自衛隊が津波後の浜で遺体を捜索しているのみという状況です。

 地域全体のライフラインの復旧もまだです。
住民は心身ともに、不安と疲れのピークに達しています。

 3月19日現在、約15カ所の避難所に約4000人の方々が避難しています。このほか、親戚に身を寄せている方もおり、相馬の4万人弱の人口の約半分は被災者です。避難所における問題は、ガソリンや石油などの燃料不足と衣類の不足、入浴できない状況が続くことによる衛生状態の低下、そして精神的なケアになってきました。

 そんな状況でも、公立相馬病院の医師は1人も逃げ出さず、医療人としての誇りと義務を放棄することなく、病院内に寝泊りしてがんばっています。残っている開業医も、避難所の回診や自身の医院の再開にむけて努力しています。また数人の開業医がチームを組んで、1次診療と避難所の回診を行い、病院の医師が疲弊しないよう応援しています。 

 相馬市民にとって、現時点で最大の救援は、原発の正確な情報と安全宣言です。
住民の精神的・体力的な回復と、外部からの物資の円滑な輸送のためにもこれらは必要不可欠です。メールはここまでにして、これから避難所の回診にいってきます。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事を読んでいる人におすすめ